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適当に書き散らしたものを纏めてます。

   
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三番目の事件・・・赤い月を探して(前編・1)
 【1】
「すみません先生、うちの子がご迷惑を……!」
 

 「頭を上げてください、お母さん。確かに危険な場所に彼が居たというのは事実ですが……何事も無かったことを喜びましょう」
「………………」
 
6月1日、光の日。
申し訳無さそうに頭を何度も下げているのはティクリコティクの母親だった。
その横には、うつむいたままで何もいわないティクリコティクの姿、そしてそんな彼を慰めるように見つめて頭を撫でている祖母の姿もある。
スキュラーズはそんな三人を前に、どこかほっとしたような柔らかな笑みを浮かべていた。
ティクリコティクの母親、アティリアに、そして祖母であるメランはもう一度申し訳無さそうにスキュラーズに頭を下げる。
 
【2】
自分のクラスの担任に、親達が一堂に会している状況と言うのは、どちらかといえばあまり良い事には結びつかない。
今回もその相場通りで、うつむき落ち込んだ様子のティクリコティクが、ある問題を起こしたためにこうなっていたのだった。
 
「なんであんな場所に行ってたのコティ……!」
「………………」
「あなたも、判ってたはずよ!? 『旧校舎』は入ったらいけないってことぐらい……!」
「………………」
「まぁまぁ、アティリア……。そんなに怒らないで上げて頂戴……。十分、ティクリコティクも反省しているようだから」
「でも、母さん……」
 
その問題とは、『旧校舎』への侵入だった。
この『知識の休息所』が大昔、まだ小さなアカデミーだった時代の頃の校舎は、未だこの巨大な敷地内に形を残している。
100は優に歳をとっている木造の小さな校舎だが、それでもなお形を残し続け、敷地の片隅でかつての栄光を、大勢の生徒の息吹を染み込ませたその姿を誇っているのは、一流の材料に、一流の職人の腕があったからに他ならない。
そうは言っても最早校舎の中はぼろぼろで、とても立ち入れるような場所ではなくなっている。
何時取り壊されてもおかしくない状況なのだが、『旧校舎』は今もその姿を残していた。
それは何故かと言えば、『旧校舎』のある一つの教室の存在が挙げられる。
『旧校舎』には上等な魔術教育を行うに必須なある教室があり、同じ条件の物を今の校舎に作り上げるには数十年掛かるという事実があったため、完成までの数十年間、その教室と、教室に続く道のりまでは何度も修復され、使用されていたのだ。
完全に閉鎖されたのはつい一年前である。
まだ一つの教室と、その教室までの道のりは十分年月の経過に耐えうるほどの物ではあるが、人目に付かない場所になってしまう以上、幼い学徒が悪戯に侵入し危険な目に遭う事の無いようにと、入り口に大きな立ち入り禁止の札を立てられ、そのような処置を取られた場所に、ティクリコティクは夜の帳が降りる頃に一人で侵入しようとしていたのだった。
そこを偶々担任であるスキュラーズが目撃し、侵入は未然に防がれ、こうして親の元へ送り届けられ今に至る。
 
「キロ君。『旧校舎』はとても危ない場所なんだ。もうどこもボロボロで、床だって何時抜けてもおかしくない。怪我をしてしまうかもしれないんだ」
 
スキュラーズから笑みが消えて、真面目な顔に変わり。
 
「……もう絶対、行っちゃだめだ。先生と約束してくれるね?」
 
と、少しだけ強い口調でティクリコティクに問いかけた。 
泣きそうになるのを堪えている風のティクリコティクは、そんな彼の言葉にも微動だにせず。
 
「……でも、ともだちが」
 
ぽつりと、口を聞いた。
 
「……友達?」
「ぼくの……ともだち」
「その……君のお友達がどうしたのかな?」
「……さがしてって……かくれんぼしようって。ぜったいに、見つけてって……だから」
「えっと……まさか……あの『旧校舎』のどこかにそのお友達がまだ居る……?」
 
ティクリコティクはスキュラーズの問いにゆっくりと頷いた。
スキュラーズの顔からさっと血の気が引く。
 
「なっ、たっ……大変だ! すぐに行かないと!」
 
慌てて椅子から立ち上がった所為で、椅子が床に派手な音を立てて転がった。
 
「あ、先生!?」
「あっすみません! キロ君のお母さんにお婆さん! 僕はキロ君のお友達を探してきます! 失礼します!」
 
慌てるアティリアを尻目に、それだけ言うとスキュラーズは家を飛び出していってしまう。
ティクリコティクもその後を追おうとしたが、母親にしっかりと腕を掴まれてしまい叶わなかった。
 
「コティ! いけません!」
「だって……ぼくがさがさなきゃ! ぼくがメフィアメフォルをさがさなきゃ!!!」
「コティ!!!」
 
母親にきつく叱られ、ティクリコティクは身を縮めた。
そして今にも泣き出しそうな顔で、祖母の手によってゆっくりと閉じていく扉を、目に涙を溜めて眺めるしかなかったのだった。
 
【3】
「……で、『旧校舎』には誰も居なかったのだな?」
「はい。スフィン先生と一緒に探し回りましたが……」
「ふむ……校舎の中は?」
「勿論探しました。ただ損壊が進んでおり、我々では隅々まで探すことが不可能で……」
 
学長室にて、ブラキウムは報告を聞き、少し眉を潜めながら言った。
 
「身体の軽い……ケティ先生やアンバーナッツ先生が居ればよかったな」
「もうお帰りになられていましたからな……。我々二人でできる限りは探したつもりです」
「あぁ、どうしよう……。遊び半分で校舎に入って怪我をしていたりしたら……」
「スフィン先生。もう日もすっかり落ちてしまった……。残念だがあのまま我々が探索を続けていても、逆に我々が怪我をすることになっていただろう。明日もう一度、他の先生方にも協力してもらって探しに行こう」
「ファルダン先生……すみません。またよろしくお願いします」
 
結局、『旧校舎』で新たに人が見つかることは無かった。
事情を知り協力してくれたハーフウルフの教師グラエン・ファルダン――前回の事件で、錯乱したスキュラーズを連行していた教師だ――に報告を任せていたスキュラーズはがっくりと肩を落とす。
 
「ファルダン先生の言うとおりだ。そう気を落とすんじゃない、スフィン先生。……メフィアメフォル、と言ったかね。『旧校舎』に居るかもしれない生徒の名は」
「はい。キロ君……あ。あの『旧校舎』に入ろうとしていた子が確かにその名前を言っていました」
「学科と学年は?」
「……す、すみません、聞いていませんでした」
「まぁいい。……今名簿を見ていたんだが、そんな名前の子はこのアカデミーに存在しないぞ」
「え……!?」
「なんですと?」
 
スキュラーズもグラエンも驚きの表情を見せる。
ブラキウムは暫く名簿に視線を移していたが、顔の前で手を組みじっと二人を見つめ言った。
 
「あだ名ということも考えられる。スフィン先生、まずは問題の少年からその友人のことを詳しく聞きだしたまえ」
「は、はい」
「自警団への連絡は私が責任を持って行おう。明日の朝会でも教職員全員に伝えることも約束する。……間に合えばいいのだが」
「無事で居てくれると良いのですが……」
「とりあえず、二人ともご苦労だった。今日はもう我々ではどうにもできない。明日から手の空いた教職員も探索を手伝わせることとしよう」
「わかりました。……では学長、スフィン先生。失礼します」
 
グラエンはお辞儀をして、早足で学長室を後にする。
それを見送り、もう一度手元の名簿に視線を落とそうとしたとき、未だにスキュラーズが微動だにしていないことに気づく。
スキュラーズは唇を強く噛んだまま、やりきれない表情で居た。
 
「スフィン先生。君の責任ではない……。そう何もかも背負い込むのは良くないな」
「す、すみません……」
「君も寮へ戻りなさい。全ては明日からだ」
「はい。……では、失礼します」
 
スキュラーズはブラキウムに一礼し、扉に向かって歩いて行く。
耳や尻尾はすっかり垂れ下がっていた。
 
「あ、スフィン先生。こんばんは」
「あ……スターレンテ君。こんばんは……」
 
扉を開けた先にはたまたまミーティアが居たのだが、軽く挨拶をする程度で、そのままスキュラーズは肩を落としたまま歩き去っていってしまう。
それを暫く眺めていたミーティアだったが、扉を開けっ放しにしていたのに気づき、素早く学長室に入り扉を閉めた。
 
「お父様、そろそろ行きませんか?」
 
今日は光の日。
ミーティアはブラキウムと外食をする日だった。
親子水入らずで過ごせるようにとブラキウムが計らい、週に三度と決めたこの日は、今まで一度たりとも欠かしたことが無い。
ブラキウムはリストを閉じ、代わりに机の抽斗から上等な便箋を取り出し、その上に羽ペンを走らせながら答えた。
 
「あぁ、そうしよう。……だがもう少し時間を貰えるか? 急ぎの手紙を書く必要が出てきた」
「……あの、差し出がましい真似かもしれませんけれど、スフィン先生のことで……?」
「いや、今回は彼が何かしたわけではない。安心しなさい」
「……そうですか……。でも、随分落ち込んでいらして……」
「まぁ、それは食事をしながらでも話そう。今日はどこに行くかね?」
「……少し前から行ってみたい所があるんです。『満月亭』というレストランなのですけれど」
「ふむ。では今日はそこへ行くとするか」
 
書き終えた便箋をさっと摘み上げ懐へ仕舞うと、ブラキウムは立ち上がる。
そしてミーティアの手を取り、彼女のエスコートを務め始めた。
 
「すまないな、時間を取らせた」
「気になさらないで下さい、お父様」
 
そんな言葉を交わして、二人は微笑む。
 
【4】
そして日は経ち6月13日、光の日。
 
「『旧校舎』に潜む謎の少女……。うーん、気になる!」
 
アカデミー本館の片隅にひっそり設けられた部屋にて。
2、3人入ってしまえばそれで満員となってしまうほどの狭い部屋には大きな机が一つに、椅子が二つ。
窓は一つで、殆ど日の光が入ってこないため、照明は壁に幾つか備え付けられたランプに頼っていた。
壁に掛けられた掲示板には、様々な内容が殴り書きされたメモが留められている。
ここは新聞部の部室。
古く、埃の匂いがかすかに香る部屋の中には二人の人物が居た。
一人は、この新聞部の部長であり唯一の部員でもあるピリナ。
もう一人は、ピリナに呼ばれてここに訪れたカルリだった。
自分で書き込んだ手帳をじっと見つめて、ピリナは何度も頷いた。
その様子を、カルリは机に突っ伏したまま面倒くさそうに眺める。 
 
「なんデスそれ」
「あれ? 知らないのカルリ?」
「サッパリ」
 
カルリの答えに、ピリナは自慢げに笑って見せて、手帳を見ながら話し始めた。
 
「実はね、6月1日にあの『旧校舎』の中に入り込んだ子が居るって話が出て、先生達が探索する騒ぎがあったの。捜索は12日、つまり昨日まで毎日ずーっとやったらしいんだけど……」
「居なかったんデショ? よくある話じゃないデスか、どーせ悪戯でそんな噂流したに決まってますヨ」
「ちっちっち。そんな話であたしが喰いつくとでもカルリは思うのかな?」
「居たんデス?」
「んーん、居なかった。……その話をしたのが魔術学科第2学年3組、出席番号13番のハーフキャットの少年、ティクリコティク・キロ! 生徒会のマスコットだね。あの子可愛いよね~」
「話が逸れてますヨ」
「あ、っとごめんごめん。この話の何が一番興味深いかって、そのキロ君が未だに『旧校舎』にその謎の子が居るって頑固に言い張ってる所なのよね」
「ヘェ」
「……その子は普段から嘘ばかりついているろくでもない奴だ、なんて思ってる目をしてる」
「どんな目かわかりませんケド思ってるのは確かですヨ」
「それが違うんだよね~。本がお友達の物静かな子。常日頃嘘をつくような悪がきじゃあないのでありました。あ、でも最近はよく外で遊んでるらしいけどね」
「フーン……。……ファ~……」
 
カルリはつまらなそうに返事を返すと、可愛らしく欠伸をしてみせる。
そんな彼女の姿を見て、ピリナは困ったように首をかしげた。
 
「やっぱ興味ない?」
「ぜーんぜん。現実を見ろ、としかアタシはアドバイスできませんヨ」
「連れないなぁ。この前の素敵な探偵はどこ行ったの?」
「あれはミーティアサマに関係したものだから頑張っただけデス……ねむ……」
「起きてよ~。新聞作るの手伝うって約束でしょ~」
「まだまだ時間はありますって……一時間ぐらい仮眠したあとでやりますヨ……ふぁ……」
「だめ~起きろ~。こらカルリ~。ねぇ~ってば~」
 
本格的に寝に入ってしまったカルリを慌てて揺り動かすピリナ。
暫くしてピリナの声が響く狭い部屋の中に混じって、ノックの音が二回響き渡った。
 
「あ……は~い」
 
とりあえずカルリを起こすのを中断し――起きない腹いせに、軽く頭にチョップを入れてから――ピリナは扉を開く。
そこに居た人物を見て、彼女は目を丸くした。
 
「あれ? ミーティア先輩」
「こんにちは」
「ミーティアサマッ!?」
「カルリ。よかった、探しましたよ」
 
机の上に突っ伏してだらしなく眠っていたカルリの姿を見て、訪ねてきた人物、ミーティアは微笑んだ。
彼女の声を聞くなりカルリは起き上がり、彼女の元へ駆け寄る。
 
「カルリをお探しだったんデスか! 何のご用でしょうかミーティアサマ!」
「えぇ、実は……」
 
ミーティアが一歩、斜め後ろに引く。
彼女の後ろに隠れるようにして居た人物が、カルリとピリナの前に現れた。
 
「あれ、その子……」
 
ピリナは再び目を丸くする。
何故ならその人物は、先ほどピリナが話題に上げていたハーフキャットの少年、ティクリコティクだったのだから。
小柄な身体に、くりくりとしたオッドアイ。
ピリナが言っていた通り、可愛い物好きなら見逃すことはないと思われる容姿をしている。
しかし今、彼はべそを掻いていた。
それを見られたくないのか、俯いてしまう。
 
「知ってるんデス、ピリナ?」
「いや、知ってるも何もさっきあたしが話してたじゃない。ティクリコティク・キロ。この子だよ」
「ヘェ」
 
俯いて何度も涙を拭っているティクリコティクを、カルリは特に何か思うわけでもなくただ眺めていた。
寧ろ意識は彼にではなく、困り果てたような表情で彼の頭を撫でているミーティアのほうに向いていた。
 
――あー、カルリもあんな感じに慰めてほしいナァ……。
 
そんな事を思いながら、ただ黙って彼女達の様子を見守っている。
 
「あ、とりあえず入っちゃってください。立ち話もなんですし……狭いですけど」
「すみません、お邪魔しますね」
 
ピリナに促され、ミーティアはティクリコティクの背に手をやって部屋の中へ入ってくる。
先ほどまで使っていた椅子を彼女達に譲り、カルリとピリナは壁に寄りかかるようにして話を聞く体勢を整えた。
 
「ところで、カルリに用があるんですよネ?」
「えぇ。何だかキロ君の周りで不思議な事件が起こっているみたいで、それをちょっと聞いて欲しかったんです」
「不思議な事件、デスか」
「キロ君がこの様子なので、私がお話しますね」
 
ミーティアの言葉に、カルリとピリナはもう一度ティクリコティクのほうを見やった。
泣いてこそ居ないものの、まだ鼻を鳴らして目尻にたまっている涙を拭っている様子から、自分で説明するには難しい状態であることがわかる。
 
「今日は生徒会の集まりがあるので、キロ君と一緒に行こう思って彼の教室に向かったんですけれど……。彼、お友達と口喧嘩をしていて。ですぎた真似とは思ったのですが、その場は私が収めて、キロ君から詳しい事情を聞いてみたんです」
「わ、さすがミーティア先輩」
「放って置く訳にも行きませんでしたから……。それで、事情を聞いてみたらそれがちょっと普通ではない事でしたから、カルリやピリナさんに相談してみようと思ってここに来たんです」
「なるほど。……きっと正解ですよミーティア先輩。ところで口喧嘩はどんな理由だったんですか?」
「……彼のお友達について、だと思います」
 
歯切れの悪い返答に、カルリは首を傾げる。
そしてピリナは、納得した様子で頷いた。
それを見たカルリは怪訝な表情をピリナに向ける。
 
「……ピリナ、またアンタなんか知ってますネ」
「さっき話したでしょ、カルリ? 『旧校舎』の~って奴だよ」
「アー、アレデスか? ……でもセンセーが何日もかけて探し回って見つかってないんデショ? 居ないって考えるほうが普通だと――」
「ぼっ……ぼくはうそなんかついてないもんっ!」
 
ティクリコティクの声がカルリの言葉を遮った。
じろり、とカルリが睨みつけると、彼の怒ったような顔は一瞬にして消えうせ。
今にも泣き出しそうな彼をみて、ミーティアは悲しげな表情を浮かべ、彼の頭を撫で始めた。
 
「キロ君……」 
「アー、わかった悪かったですヨ。……話は大体わかりましたヨ、ミーティアサマ」
「よかった……カルリもピリナさんもご存知だったんですね」
「なかなか奇妙な話だもんね。……メフィアメフォル。そうだよねキロ君?」
 
軽く頭を振って、ミーティアに自分の頭を撫でるのを止めさせると、ティクリコティクは目尻に浮かんだ涙をごしごしと腕でふき取った。
それから、ゆっくりと頷き答える。
 
「……うん」
「とりあえずまずは情報を集めないと。このお姉ちゃんに話してごらん? ぱぱっと解決してくれるよ~」
「チョッ……!?」
 
いきなりピリナに指差されたカルリは慌てて彼女に近づいた。
ピリナはそんなカルリを横目で見やり、それから向き直って悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 
「あれぇ? どうしたのよそんなに慌てて~」
「まだアタシは解決するなんてひとっことも――!?」
 
早口でまくし立てようとしたカルリの口元に、ピリナは人差し指を立てて押し当てた。
カルリは目を丸くして、話を中断してピリナを見るしかない。
ピリナは人差し指をゆっくり離すと、カルリに耳打ちを始めた。
 
「……キロ君の問題だけどミーティア先輩の問題でもあるとあたしは思うんだけどな~……?」
「どう考えてそうなるんデス……!」 
「だってキロ君は生徒会の関係者だし、なにしろ書記長であるミーティア先輩の補佐役だよ……? ここで華麗に解決すればまたカルリへの印象も大幅アップ、かも~……?」
「っ……!!!」
 
ミーティアに良い所を見せるチャンス。
そう言われればカルリにこのティクリコティクの悩み解決を断る理由はなかった。
カルリは横目でちらりとミーティアの様子を伺ってみる。
 
「………………」
 
不安げな表情で自分達を見ている彼女の姿が映った。
ここで断れば、きっと彼女は悲しむに違いなかった。
ミーティアを悲しませること、それは何よりカルリが嫌う事。
 
――……また厄介な事件な気がスル……。
 
こう思いつつもカルリは――。
 
「そ、そう! このカルリ・ハーティポットがアンタのお悩みを解決してみせますヨ!」
 
自信ありげにこう言い放ってしまったのだった。
 
「え……? ほんと……ほんとっ!?」
 
ティクリコティクは椅子から勢いよく立ち上がり、カルリに驚きの表情を向ける。
そしてそれはだんだんと笑顔に変わり、次の瞬間彼はカルリにぎゅっと抱きついていた。
 
「ワッ!?」
「ありがとう! ……おねえちゃん、ありがとう!」
「わ、わかったから離れなさいヨ! くっつくナ!」
「あはは、カルリが慌ててる~」
「見てないでアンタも助けなさいヨ!」
「え~? 生徒会マスコットのキロ君のハグなんて滅多に見られない物なのに~。じゃ、キロ君。このおねえちゃん恥ずかしいみたいだからその辺にしておこう~?」
「あ……ご、ごめんなさい! うれしくって……!」
「大丈夫だよキロ君、このおねえちゃんも満更でもないって表情してるし」
「ピリナ……アンタねぇ……」
  
カルリはため息一つ付き、そして苦笑をピリナに向ける。
それはピリナへの不満を表したものではなく、寧ろ調子に乗って自分をからかうピリナを仕方の無い、といった様子で眺めているに近いものがあった。
決して悪気があっての事ではないことをカルリは知っているし、それをピリナもわかっているから時にカルリをからかうのだった。
 
「よかったですね、キロ君」
「うん!」
 
視線をピリナからティクリコティクに移すと、彼は嬉しそうな表情でミーティアに返事を返していた。
ミーティアはカルリに顔を向け、にっこりと微笑む。
 
「ありがとう、カルリ」
「イエイエ! ミーティアサマの心配事が減ったみたいで何よりデス!」
 
余り気が進まないと言うのが本音だが、ミーティアの笑顔を見れたことで、カルリはティクリコティクが抱える悩みの解決に対してのやる気が幾分湧いてきたのだった。  
 
【5】
「じゃ、まずは聞かせてもらいますかネ。その女の子の事を」
「うん」
「ゆっくりでいいですから、できるだけ詳しく彼女に教えてあげて下さい、キロ君」
「はい。えっと……その子とは、ことしの2月に会って……黄色のローブに、ぼくみたいなハーフキャットの女の子。毛の色はくすんだ金色で……目の色もぼくと同じなんだ」
「ナルホド、ハーフキャットでくすんだ金色の毛並み、瞳はオッドアイ……。ローブの色も考慮するとどうやら同じ学科に学年っぽいですネ。ピリナ、メモよろしくデス」
「はいは~い」
 
先ほど眺めていた手帳に、懐から取り出したペンでさらさらと書き込んでいくピリナ。
が、すぐに困ったような表情を見せた。
 
「……あ。ごめん、書けないや」
 
見れば手帳にはぎっしりと様々な単語が書き連ねられてあった。
傍から見れば適当に書かれているようなそれも、ピリナ本人からすれば新聞の記事のネタになる重要なものなのだろう。
カルリも手帳を覗き込み、ピリナの言葉通りの状況である事を確認すると、少しだけ考える素振りを見せるが、軽く笑って見せる。
 
「じゃ、仕方無いですネ。助手を引っ張ってきますか」
「うん、ラティベルちゃんも誘ってあげよう? あの子もメモは慣れてるし、それにやっぱり四人でしなくっちゃね、この探偵は」
「ですネ。……ところで、その謎の女の子とはどこで出会ったんデス?」
「えっと……きゅうこうしゃの近くの大きな木のところで。ぼく、あそこで本を読むのが好きなの。ほうかごにあそこで本を読んでたときに、あの子と……メフィアメフォルと会ったんだ」
 
――ねぇ、あなた。
――……? ぼく?
――他に居ないじゃない? ……遊ぼう?
――え……遊ぶって、なにして?
――なんでも! 鬼ごっこでもかくれんぼでも何でもいい! とにかくあたしは遊びたいの! ほら立って!
――えっ、ちょ、ちょっとまってよ!?
 
「ぼく、それまで外で遊んだことあんまりなくって……。でも、メフィアメフォルはいろんな遊びをおしえてくれたんだ。ぼく、メフィアメフォルのおかげで外で遊ぶのも楽しいことがわかって……ともだちも今よりたくさんできたんだ。木のぼりもできるようになったんだよ!」
「うんうん、すごいじゃない~。いいお友達が沢山できたんだね」
「うん! ……でも」
 
興奮した様子で語っていたティクリコティクは、すぐに沈んだ表情に戻ってしまう。
 
「とつぜん、会えなくなっちゃったんだ……」
「それはどうしてデス?」
「きゅうこうしゃのどこかにかくれていなくなったの……。ぼく、入っちゃいけないのは知ってたけど、さがしに行こうと……」
「そこをたまたまスフィン先生が見つけて、昨日までの騒ぎに発展したんだね~」
「せんせいたちがさがしに行って、メフィアメフォルもきっと見つかると、ぼく思ってたんだ。……でも」
「見つからなかった、か~……。よっぽど判りにくい所に隠れてるのかな」
「しっかしまたどーしてそんな面倒な事になったんデス? 『旧校舎』は立ち入り禁止だってことぐらいはその女の子も知ってるはずですケド」
「ぼくも止めたんだ! でも、メフィアメフォルはいうことをきかなくて……!」
「……随分とやんちゃなオコサマみたいですネ」
 
ティクリコティクは悔しげな表情を隠そうともしていなかった。
あの時自分がもっと強く引きとめていれば、という後悔の念から来るものだろうと、この場に居る誰もが容易に想像できた。
カルリは翼を軽くはためかせて、伸びをしてから口を開く。
 
「……ま、見た目はこれでわかりました。それじゃ、ミーティアサマ」
 
呼びかけにミーティアは頷いて、そして笑みを浮かべてみせる。
 
「えぇ。ラティベル、でしょう?」
 
彼女の言葉にカルリも同じように笑みを浮かべた。
 
「流石デス。話の続きは助手も連れてきてミーティアサマのお部屋でするとしましょう。……でいいですよネ、ピリナ?」
「うん。新聞はまた今度でいいや。だって今ちょうど書いてるネタの更に深いところがわかるかもしれないんだもんね!」
「先に部屋に行っていて下さい。私たちは生徒会の会議があるので……」
「そういえば会議にこのコを誘いに来てこういう問題が浮上したんでしたネ。了解ですヨ」
 
胸ポケットから自室の鍵を取り出したミーティアは、カルリにしっかりと手渡す。
鍵をつまみ、くるりと差し込む部分を上に向け、ランプの光にかざし、その存在を確かとするかのような仕草を見せたカルリは、再びくるりと鍵を回し手のひらの中に戻すと、軽く頷いてみせる。
 
「さ、キロ君、行きましょうか」
「しょきちょう……ごめんなさい、ぼくのために……」
「シグロさん達にちゃんと事情を説明すれば大丈夫です。そう落ち込まないで……ね?」
「うん……」
 
ミーティアは申し訳なさそうに俯いているティクリコティクの頭を、もうここに訪れるまで何度も行ったように、優しく撫でてやった。
 
「では、失礼しますね。カルリ、ピリナさん」
「は~い。ミーティア先輩の部屋でお待ちしてますね」
「いってらっしゃいませ、ミーティアサマ!」
 
新聞部の部室を出て、生徒会室へ向かうミーティアとティクリコティクは校舎の奥へ。
逆にミーティアの部屋へ向かうカルリとピリナは校舎を出る。
真逆の方向に進む前に軽く手を振ってから、四人はそれぞれが向かうべき場所へ歩みを進め始めた。
 
【6】
「すみません、遅くなりました」
「あ、書記長! 待ってましたよ!」
 
生徒会室へ入ったミーティアとティクリコティクの姿を見るなり、鳥の翼を背中に持った青年が慌てて席を立った。
近づいてくる彼の表情は緊張で硬くなっている。
 
「何かトラブルでも起こったかと……今、探しに行こうって話になってたんですよ」
「すみません、シグロさん……」
「いえ、でも安心しました」
 
安堵のため息をつき、トレウォ・シグロは胸を撫で下ろした。
ミーティア達二人を心配し通しだったための緊張が今ようやく解けたのが一目でわかった。
今生徒会室には、彼のほかに三人がミーティア達より先に此処に訪れ、そして彼と同じようにミーティア達を待っている。
 
「ごめんなさい、皆さん。心配をお掛けしました」
「何かありましたの?」
 
席に座った状態で身体を捻りクリーム色のウェーブ掛かったショートヘアを弄りつつ、深い緑色の瞳でしっかり二人を見やっていた、背の低いクォーターシープの女性がミーティアに問う。
しかしすぐに、ティクリコティクが暗い表情をしているのを見つけ、質問をする相手を変えた。
 
「書記長ではなく……キロちゃんに何かあったんですわね?」
「えぇ……ちょっと」
「……副会長、ごめんなさい」
「あぁ、いえ。そんなつもりじゃないのよ?」
 
副会長、エリル・カフィアは慌てて首を横に振る。
それを見ていた残りの二人も朗らかな笑みを浮かべた。
 
「そんなに落ち込まなくてもえぇんよ~。誰だって遅刻はするもんじゃし、ねぇ、ディア君?」
 
水色のショートヘアに、紫色の瞳を持ち、ぺたりと垂れた桃色の兎の耳を持つクォーターラビットの少女。クフィ・ラトビが隣に座っている青年に同意を求め。
 
「だな! そう落ち込むこともねぇだろ! 一回でそんなに落ち込んでたら俺やクフィなんか今頃地面に穴掘って引きこもってるぜ! 気にすんなよキロ!」 
 
白銀の髪の毛に、赤い瞳、そして白銀の狼の耳を持ったクォーターウルフの青年、ディアラハ・ウークがクフィの言葉を受けてそんな風に冗談を言って笑う。
 
「……よし、コレで全員揃ったぞ会長!」
 
そしてトレウォに会議の開始を促した。
トレウォはディアラハの言葉に軽く頷いて見せた。
ニュークが居なくなった今、彼が生徒会長となっているのだ。
 
「そうですね、とりあえず会議を先に済ませましょう! 書記長、書記補佐、お願いします」
「はい、わかりました」
「は、はい」
 
ミーティアがティクリコティクの手を引いて、自分達の席へ着く。
それを確認したトレウォは軽く頷いてから、口を開いた。
 
「さて、集まって貰ったのは他でもない……。今月末の『旧校舎』の解体式について、です」
「結局予定通りですのね?」
「そうですね。誰も居ない、と判断がくだされたわけ――」
 
何気なしにエリルに答えたトレウォだったが。
 
「です、から……」
 
明らかに落ち込んでいるティクリコティクを見て、“しまった!”と云わんばかりの表情を見せる。
室内の空気が凍った。
 
「会長、続けてください。……大丈夫ですから」
 
しかしそれはすぐさま、ミーティアの声と、そして何よりその笑顔で打ち消された。
 
「……なんか、すみません」
 
苦笑を浮かべ後頭部をぽりぽりと掻きつつ、トレウォは咳払いを一つする。
 
「……えぇと。解体式には我ら生徒会一同も参加させていただくことになりました。28日の朝8時30分から『旧校舎前』への椅子の設置等々準備がありますので、遅れないように全員学校に集合ということで。何か質問はありますか?」
 
暫く面々を見回し、トレウォは頷いた。
 
「無いようですね。解体式については以上です。では本題に入らせていただきます」
「……? さっきのが本題じゃありませんの?」
「他になんかやることあったっけ?」
「いや、無いはずだがなぁ」
「えぇ、まぁ。勿体ぶった感じです。……『生徒会旅行』について、皆さんにお知らせすることが出来ましたんで」
 
“生徒会旅行”といっても、別に学校に関して特別な意味を持つ行事でもなんでもなかった。
ただ生徒会の皆で長期休みを利用してどこか旅行に行こう、というだけの話で、真面目な顔で議題にする必要性は皆無なのだ。
しかしその重要性は、先の“解体式”よりは遥かに上らしい。
 
「おぉ!? 旅行か!?」
「決まったんじゃね!?」
「何処に決まりましたの!?」
 
粛々と話を聞いていたはずの生徒会の三人はいまや子供のように瞳を輝かせている。
 
「夏休みを利用して……との事でしたので僕も色々考えましたが、決定しました!」
 
期待に胸を膨らませる三人にトレウォは得意げに話を続ける。
 
「暑さでだれる時期になるでしょう……ですからプスラで森林浴、そして海水浴、両方楽しめる場所のホテルに予約を見事に取ることができましたよ!」
「プスラっていったら……観光名所じゃんか!?」
「おいおい、よく予約取れたな!?」
「噂じゃ三ヶ月前から取らなきゃとても無理……だって聞いてたんですけどね。計画が立ってからすぐに動いたのが良かったのか……なんか取れました。僕が調べた中では多分一番人気のホテルを。しかも予算内にちゃんと収まる!」
「おお~! 会長今輝いてる! むっちゃ輝いとるよ!」
「ありがとうございます! 喜んでもらえて嬉しいです! ……で、日程なんですが7月の17日から20日の三泊四日……夏休みの初めをこの旅行で楽しく飾っちゃいましょう!」
「よっしゃあ! 夏休みまで全力疾走するにゃ十分すぎる理由が出来たぜ!」
「帰ったら水着準備しなきゃいけませんわね……うふふ……!」
 
すっかり旅行の話に取り込まれて雑談に花を咲かせている四人を、ミーティアは笑みを浮かべて眺めていた。
 
「……キロ君?」
 
しかし、ティクリコティクが浮かない顔をしているのを見て、つい声を掛ける。
 
「う、ううん、なんでもないです」
「……大丈夫ですよ。お友達、きっと見つけましょうね」
「……うん……!」
 
彼も旅行を楽しみにしている一人なのだ、嬉しくないはずがない。
ただ今は、素直に喜べない事情が彼の心に被さっているのだ。
事情を知っているミーティアは、彼にそう言葉を投げかけると、優しく手を握り締めてあげた。
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