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適当に書き散らしたものを纏めてます。

   
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最初の事件・・・名?探偵カルリ誕生!(後編・1)
  【1】
店先に並んだ色とりどりの野菜は、日の光を受けより一層その色合いを強くする。

漂う土の香りは、この野菜たちがまだ収穫されて間もないものであることを物語っている。
リグナスの街『中央市場』は、行き交う人々も多く賑やかだった。
 
「………………」
 
野菜たちを眺め、一つずつ手にとってじっくりと確かめる。
ミーティアのその目つきは真剣そのものだった。
 
「……主婦だね、目つきが」
「おねえちゃんは何をじっと見てるの、ピリナおねえちゃん?」
「色合いは勿論、形もそうだし……とにかく色々だよ~」
「う~ん、アタシにはさっぱりわかりませんケド……こういうミーティアサマもやっぱり素敵ですネ……」
「……あ、何か言いました?」
「いえいえ~。じっくり選んでくださいミーティア先輩」
「ごめんなさい……どうしても時間を掛けてしまって」
「気にしないよ! ねー先輩!?」
「勿論ですヨ! それだけアタシ達に美味しい手料理を振舞おうという気持ちが感じられて……!」
「後はこれだけですから、もう少しだけ時間を頂きますね」
 
肉選びに15分、野菜選びに30分。
 
――一度凝りだすととことんやってしまう性格で……。ごめんなさい。
 
カルリ達に美味しい夕食を、と考えるとこの食材選びの時間も捨てることはできなかったのだろう。
何度も謝っていたミーティアの姿を思い出し、カルリは買い物が終わってから寄り道の話を切り出せばよかったと後悔していた。
そうすればきっと彼女は満足いくまで最高の食材を選んでいただろうし、そんなに自分達に謝ることもなかっただろうと思ったからだ。
 
――失敗デス……。ごめんなさい、ミーティアサマ……。
 
野菜も選び終わり、青物屋の主人の所へ向かっているミーティアの後姿を眺めつつ、カルリは心の中で謝った。
 
「お、今日は随分多いね」
「はい。……あそこに居るお友達に、今日はお料理を振舞うんです」
「なるほど。お嬢さんの料理だったら皆満足してくれるとも。何せこれだけ時間を掛けてこんなにいい野菜ばかり選んでるんだ。……君達、味は俺が保障するぜ!」
 
青物屋の主人である獅子の頭を持つ男性は、店先に居たカルリたちに声を掛ける。
気のせいか、ミーティアの頬が少し赤く染まっているようにカルリ達には見えた。
 
「は~い。楽しみにしてま~す」
 
答えるピリナに、笑うカルリとラティベル。
 
「えーっと代金は……全部で154ライシィだな。……丁度、確かに頂いたぜ」
「ありがとうございます。では、失礼しますね」
「毎度あり!」 
 
手提げの籠の中に丁寧に野菜を詰め込んで、その上に古びた布を被せるミーティア。
籠は何の変哲も無い植物で編まれたものだが、布をしっかりと固定できるように小さな金具が全部で四つ取り付けられている。
布は白の生地に、縁に幻想的な花の模様が刺繍されているお洒落なもの。
ミーティアらしい清純さを感じさせる、気取らない品。
 
「お待たせしました」
「イエイエ。お買い物お疲れ様ですヨ、ミーティアサマ」
「確か、寄り道をするんでしたね。早速行きましょうか?」
「その前に……籠お持ちしますヨ?」
「え? 大丈夫ですよ、いつも買い物をして慣れていますし……」
「イエイエ。カルリ達の夕食を作っていただくのですしこれぐらいはしないと申し訳ないですヨ」
「そうだね~」
「でも……」
 
慣れているとは言っても、籠を両手で持っていることからそれが結構な重量を持っていることはすぐわかる。
暫く考えていたカルリだが、悪戯っぽく笑みを浮かべると、さっさとミーティアの籠を取り上げてしまった。
 
「あ……」
「遠慮しないでくださいミーティアサマ。……こうしたいんデス、カルリは」
「……わかりました。ありがとう、カルリ」
 
申し出ているのを断る理由も無い。
暫くは呆気に取られたような表情のミーティアだったが、その表情が笑みに変わり、カルリにぺこりと頭を下げるのにそう時間は必要なかった。
 
「……さ、鍵屋さんに出発ですヨ!」
「お~」
「あ、おねえちゃん! 手繋ごう!」
「えぇ、いいですよ」
 
籠をカルリが持ったことで両手が開いたミーティアは、ラティベルとしっかり手を繋いで前を行くカルリとピリナの後に続く。
だんだんと日が落ちてきたリグナスの街の喧騒は、少しだけ落ち着いてきていた。
 
【2】
リグナス東地区の入り組んだ場所に、カルリの目指す場所はあった。
長年の時間の経過でボロボロになった看板にはかろうじて鍵のマークが読み取れる。
知らない人間が見ればとうの昔に閉店しているだろうと思うほどのみすぼらしい外見。
鍵の専門店“虹鳥の羽”。あらゆる鍵を扱う場所。
 
「ここデスここ」
「あ~ここかぁ。確かに鍵屋の中じゃ此処が一番かもね」
「ここが……カルリの寄り道するところ、ですか?」
「その通りデス!」
「此処の鍵屋さんはリグナスで一番最初にできた鍵屋さんで、一番腕がいいって聞くんですよ~」
「そうなんですか、ここが……」
「家族代々受け継いだ腕はお城からお呼びが掛かるほど! 鍵の修理や合鍵作製はもちろん、泥棒対策の鍵は大体此処が発明してるんですよ!」
「それじゃ、学校の鍵ももしかして?」
「察しがいいねーラティベルちゃん! その通り! ウチの学校は全部此処のお店の人に頼んでるのでした」
「このカルリの魔力を以ってして開けられない鍵を作ってんですからネ。リグナス一って評価は飾りじゃないですヨ」
 
 ミーティアはもう一度看板を見上げる。
 ピリナの話を聞いた後だと、ボロボロの看板もどこか違って見えた。
 
「ところでカルリ、どうしてここに?」
「カルリは一つの仮説を組み立てたんですヨ」
「仮説ですか?」
「エェ。……鍵の紛失事件の犯人の目的は恐らく、合鍵を作製するためだとカルリは仮説を組み立てました」
「それはつまり……」
「カルリは7ヶ月前の事件の犯人と、今回の窃盗事件の犯人が同じって考えてるんだね~」
 
 ピリナの言葉にカルリは軽く頷き、話を続けていく。
 
「その通り。しかもさっきピリナが話したように、ウチのガッコーの鍵は此処の特注品なんですよネ。合鍵作ろうと思ったらここしかないんですヨ。鍵を手に入れたらちゃんと機能するか確かめたくなるものデス。……だからオリジナルの鍵が見つかった時期、つまりは合鍵作成が全て完了してすぐぐらいにまず一件目の事件が発生した……。あくまで紛失、合鍵作成って流れはスフィン先生以外が行っていたら、ですケド。それにスフィン先生がやっていたとしてもやっぱり作りに来てる可能性も否定できませんネ」
「随分間が空いて発生してるのはなんで~?」
「ミーティアサマの事件を見ても明らかですヨ。狙った獲物の行動パターンを把握するのに時間掛けたんでしょうネ。最初の被害者の場合はちょっとわかりませんケド、計画的な犯罪に違いは無いデス。合鍵作らせてる間にその人の行動パターンぐらい把握できたんじゃないデス? ……アタシが思うに、犯人は13号館の住民だと考えてよさそうですヨ」
「どうして、先輩?」
「考えてみてくださいヨ、助手。……知らないヤツが13号館にずーっといたらどう思います? 1階のスペースならまだしも、2階からの住居スペースにですヨ?」
「……怪しい!」
「そういうコト。……でもそんなヤツの情報はアリマセン。そもそもそんなヤツだったらとうの昔に捕まってますヨ。……確実に盗みが成功するよう、長時間部屋の住民が居ない時間を調べ上げた。これはミーティアサマの事件で証明済みデス。週末に家に帰るというわけでもなく基本的に学校が終われば部屋に居て、決まった日にお父サマとお食事されるために外出されるミーティアサマデス。……それを知らずに盗みに入れたっていうのはちょっと苦しいものだと思いますヨ? 他の人間だって生活のリズムはまちまちですし、尚更。一度目は偶然と考えてもいいですケド、犯人は今回も含めて四回も盗んでるんですからネ?」
「ふむふむ……」
「では、怪しまれずにそういう監視ができたのは何故か? ……13号館の住民が13号館の中に居たって別におかしくないデショ? ……ってアタシは睨んでるんですけどネ?」
 
なるほど、といった表情でカルリの話を聞き終えた三人は頷いた。
 
「あー、でもカルリ? 一個だけ気になるところがあるんだけど」
「なんデス。ハイ」
 
しかしピリナはしばらくしてから何かに気づいたらしく、さっと右手を上げた。
それを指差し返事を返したカルリ。
まるで教師と生徒のようなやり取りに、思わずミーティアとラティベルは笑みを浮かべる。
 
「……今回のミーティア先輩の事件、手口が微妙に今までと違ってるっていうの覚えてるよね?」
「アー、ハイハイ。覚えてますヨ。盗まれた枚数と鍵の件ですよネ。でもこれは大した問題にはならないんじゃないデス?」
「そう?」
「結局どっちも部屋の鍵を使って侵入したってのに変わりないですからネ。何枚盗もうが鍵を掛けなおしていようがいまいが……。この仮説が当たってれば、それこそどーでもいい事になりますヨ」
 
ラティベルは難しそうな顔をして首を傾げた。
 
「う~ん……。メモ書いててこんがらがってきちゃった」
「アタシのもちゃんと書いてるんデスか?」
「うん。だって先輩言ったでしょ、『どんな細かい情報も書け』って」
 
カルリはラティベルの手帳を覗き込む。
見やすい文字で書かれた手帳のメモは、確かに自分の発言も細かく全て書かれていた。
 
――このコ……バカだと思ってたら案外そうじゃなかったですネ……。さすがミーティアサマの従姉妹って所デスか……。
 
面倒くさいからという理由でラティベルに押し付けた仕事だが、思わぬ良い結果を招いていることにカルリは驚いていた。
性格はまるで違うものの、やはり根元は似通っているらしい。
 
「それで、先輩? 鍵屋さんにはどうして来たの?」
「78個も合鍵作成させたとしたら、店の人も覚えてるでショ? ……誰が依頼したのかを聞きだすんデス。さ、乗り込みますヨ!」
 
古びた扉を開き、店の中へ入り込む四人。
日が当たりにくい場所だからか、店内はランプが幾つも灯されていた。
カウンターには読書を楽しんでいるクォーターバードの老婆が一人。
元は鮮やかな虹色だったと思われる背中に生えた羽は、今はすっかり色が落ち、くすんでいた。
老婆はカルリ達に気づくと本を閉じて、にっこりと微笑んだ。
 
「……おや、いらっしゃいませ……。鍵のことならなーんでも、この私にお任せくださいね……」
「実はお仕事の依頼じゃないんですケド……」
「それは……? 鍵を作ることぐらいしかできないおばあさんですよ、私は……」
「聞きたいことがあるんデス」
「えぇ、えぇ……何でも、聞いてください……」
 
のんびり、ゆっくりと話す老婆だが、その眼光はいまだ衰えてはいないようだった。
それもそのはず、この老婆こそが八代目の店主で、いまだ現役なのだ。
 
「息子さん……っていってももう40近いけど、まだ譲る気はなさそうですね、このお婆さん」
 
と、ピリナはミーティアとラティベルにこっそり耳打ちして笑う。
 
「7ヶ月ぐらい前のことになりますケド……ものすごい数の合鍵注文とかありませんでした?」
「ものすごい数……ですか……」
 
カルリの問いに頬杖をつき、考え込む老婆。
暫くして、何度も頷きながら答えた。
 
「はい、はい……。ありましたよ……。鍵束を持ってこられて、開口一番に『これ全ての合鍵を作ってくれ』と仰られたお客さんが……」
 
四人は顔を見合わせた。
ぴったりと、探している条件の人間が存在したのだ。
カルリはカウンターの上に勢いよく身を乗り出し、興奮した様子で質問する。
 
「そ、それデス! そのお客、どんな人だったか覚えてますか!?」
「うーん……顔は覚えていないんですよ……。何しろ黒いローブにフードを被られていて……」
「じゃ、ジャア男か女か……声は覚えてます!?」
「確か……若い男の人でしたねぇ……」
「若い男の人、デスか……」
 
カルリはがくりと肩を落とした。
それではスキュラーズが紛失を偽って、鍵を持ってここに訪れたとも取れるためだ。
ピリナもラティベルも、そのことに気づき暗い表情をする。
 
「フードの形はどうでしたか、おばあさん?」
 
しかし突然、ミーティアがカルリの横に出てきて質問を続けていった。
 
「フードの形……?」
「えぇ。例えば頭の上が変に盛り上がっていたり……尖っているでもいいです。とにかく、フードの形がどんなものだったか覚えていませんか?」
「そうねぇ……確か……。あぁ、そうだ……。手は貴方達みたいな物だったから……頭の上に耳が出る種族の、クォーターの方だったんでしょうねぇ……。フードが尖っていましたよ……」
 
老婆の証言にミーティアは表情を暗ませる。
ますますスキュラーズの外見に近づいてきているからだ。
 
「あの……他に何か思い出せませんか?」
 
それでも諦めまいと、再び質問を投げかける。
老婆はまた暫く考え込み、そしてゆっくりと頷いた。
 
「……あぁ、思い出してきましたよ。その人が帰ろうと私に背を向けたときでした……。ローブの裾から尻尾の先が見えましたよ……。黒くて、毛先の尖った……」
 
黒い毛先のばらばらな尻尾、と聞いてミーティアの表情が一瞬強張った。
しかしすぐにそれは何事も無かったかのように消えて微笑みだけが残る
カルリ達三人はその様子をぽかんと眺めていた。
 
「カルリ? 他に聞きたいことはあります?」
「……ア、イエ! もう無いですヨ!」
 
カルリの返答にミーティアは頷き、言った。
 
「それでは、失礼するとしましょう。おばあさん、お邪魔しました」
「えぇ……ありがとうございます……。またお越しくださいね……」
 
お辞儀をして去っていく四人に、老婆はもう一度優しい笑みを浮かべた。
 
「カルリ。スフィン先生は間違いなく犯人ではありません」
 
店の外に出てミーティアはすぐ、カルリに向けてそう言った。
カルリ怪訝な顔をしてミーティアに尋ねる。
 
「それは一体何故デス?」
「スフィン先生の尻尾の先の形を思い出してください」
「……あ」
 
カルリ達三人は顔を見合わせる。
 
――黒くて、毛先の尖った……。
 
「スフィン先生の尻尾は丸いよ!?」
「それにローブの裾から見えるぐらいの長さは無いね~。……ってことは完全にスフィン先生は真っ白だよ~」
「そうなります」
「共犯……いや、その線はありえないデスか。スフィン先生が誰かと共犯する意味がまるでありませんしネ。ミーティアサマ、その情報は凄くありがたいですヨ! おかげで考えが纏まりました!」
「よかった。……スフィン先生が犯人のはずがないと思って、無我夢中で質問をしてしまいましたけど、良い方向に転がったみたいですね」
「……よし! 後はさっきの証言に当てはまる奴を見つけるだけ……アカデミーに戻りましょうミーティアサマ!」
「……えぇ。そうしましょう」
「……どうしたんデス? さっきも尻尾の事を聞いたときに、なんだか様子が変でしたケド」
 
アカデミーに戻ろうというカルリの言葉に、ミーティアは一瞬だけだが、何故か表情を暗ませた。
目ざとくそれを見つけたカルリが問うと、ミーティアは小さく首を横に振る。
 
「いえ、なんでもありませんよ」
「……そうデス? ならいいんですケド……。じゃ、戻りましょうかネ!」
「うん! 絶対犯人見つけようね! 行こ、おねえちゃん!」
 
カルリが先導し、ラティベルがミーティアの手を引きその後に続く。
 
「………………」
 
ピリナは少し考える素振りを見せてから、彼女たち三人の後をついて行くのだった。
 
【3】
アカデミーの敷地内に帰り着いた四人は、雰囲気が張り詰めていることに気づく。
既に時刻は日没。
オレンジ色の光が辺りを照らし出す人影もまばらな広場。
其処に居る生徒達が皆、同じ方向を見て、指差し、何かを囁いているのだ。
カルリは首を傾げた。
 
「……なんデス? 何か起きたんですかネ」
「さぁ~。お調子者が何かやってるんじゃないじゃないかな~」
「でもみんななんだか、様子がおかしいよ?」
「マァカルリ達にはあんまり関係無さそう――!?」
 
言いかけたカルリは、目の前の光景に絶句した。
他の三人も彼女同様、驚きのあまり言葉も出ない。
 
「違うっ! 離してくれ……僕は何もしていないんだ! 何かの間違いだ! 離してくれっ!!!」
「落ち着きたまえスフィン君! ともかくこの場は我々についてくるんだ!」
 
何故なら複数の講師に抱えられるようにして移動するスキュラーズの姿がそこにあったのだから。
慌てて四人はスキュラーズの下に駆け出した。
 
「スフィン先生!」
 
最も近くに駆け寄ったラティベルに、茶色い毛並みの狼の頭を持つ教師が鋭い声を投げかけた。
 
「こら! 離れなさいスターレンテ! 危ないだろう!」
「だって先生! スフィン先生が何かしたの!?」
「今スフィン先生は混乱されているの。だから――」
 
ラティベルを叱り付けた教師とは別の、猫の姿をした教師の言葉を遮り、スキュラーズは大声でわめき散らす。
 
「何かの間違いなんだ! サグ君は何か勘違いを……! 僕は誓って何もしてない! 君達は知ってるだろう!? 僕は何もっ……!!!」
「暴れるんじゃないスフィン君! 落ち着くんだ! ……さぁ、離れるんだスターレンテ!」
 
一睨みされ、ラティベルはすごすごと引き下がる。
最早意味を成さない言葉の羅列をわめきながら、スキュラーズはアカデミーの本館へと運び込まれていってしまった。
 
「サグ……生徒会長でしたネ」
 
ミーティアに話しかけたつもりのカルリだったが、返事は無かった。
見ればミーティアは酷く動揺した様子で、スキュラーズの運ばれていった方向を見つめている。
 
「とにかく……寮に行ってみようよ? 何があったか調べなきゃ」
「おねえちゃん!」
「……! え、えぇ……」
 
ラティベルの声で我に帰り、ミーティアは何度か頭を振って、平静を装う。
しかし、瞳に現れた動揺の色までは消えていなかった。
 
「……その必要はなさそうですヨ、ピリナ」
「え、なんで……あ!?」
 
じっと何かを見つめるカルリの視線を辿ると、その先には一人の青年がこちらに向かって歩いてくる姿を見ることができた。
それは他でもない、ニューク・サグ本人だった。
只ならぬ雰囲気で自分を見つめているカルリ達に気づいたのだろう、自然と歩みを止め、対峙する。
 
「……なんだい?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですヨ。……スフィン先生に何しました、アンタ?」
「スフィン……? ふん、アイツか!」
 
ニュークは苦虫を噛み潰したような顔をしてみせ、吐き捨てるように答えた。
 
「化けの皮を剥がしてやっただけさ」
「詳しく。アンタの陶酔に塗れた下らない表現は今アタシ必要としてないんですケド?」
「……ふん。アイツは立場を利用して、寮生の部屋に鍵を使って忍び込んで物を盗んでいたんだよ。それも、女性の心を踏みにじるような卑劣な窃盗だ。……だからそれを暴いた。あの寮にいる連中の目の前でね」
「証拠はあるんデス?」
「あぁ。あいつの机から出てきたよ」
「嘘だ!!! スフィン先生はそんな人じゃない!!!」
 
我慢ができなかったのだろう。
スキュラーズをこき下ろすニュークを、ラティベルはその真っ赤なルビー色の瞳で彼を睨みつけ、大声で怒鳴った。
それをニュークは冷ややかな視線で一瞥する。
 
「そんな人じゃない? ……子供に何がわかるんだ。君みたいな子を騙すなんて、あいつにはお手の物だろうさ」
「ボクは騙されてなんか無い! 絶対に違う!!! だって――」
「ラティベルちゃん。……落ち着いて落ち着いて。クールダウンだよ~」
「うー……!!!」
 
歯を食いしばり怒りを堪えるラティベルを、カルリは横目で見やり、心の中で彼女のことを褒めた。
何か言いかけた彼女を引きとめたピリナにも、微かに笑みを向ける。
うんざりした様子でニュークはため息をつくと、再び口を開く。
 
「……で、もう行っていいかい?」
「最後にもう一個答えて欲しいですネ」
「……何だ」
「……アンタ、事件のことをどこで知りました?」
 
あくまでカルリはポーカーフェイスで居る。
だがその身体から発せられる気迫は凄まじいものがあった。
ニュークもそんな気迫をのらりくらりと交わしているかのように涼しい顔で、答える。
 
「友人から聞いてね。半年も前だ。……それからずっと、秘密裏に調査を進めていた。僕も正直ショックなんだよ。あの先生がそんなことをするはずが無いってね。……だが、奴は僕たちを……生徒をずっと欺いていたんだ」
「……ソウ。じゃ、もう用は無いデス。ドーモアリガトーゴザイマシタ」
 
無言。
しかしカルリとニュークの間には、とても近づけるような物ではない雰囲気が渦巻いていた。
暫くして肩をすくめて気障な笑いを見せたニュークは、ゆっくりと四人の横を通り過ぎていく。
 
「書記長」
 
ミーティアの横で、ニュークが止まった。
彼女の方に視線だけを向け、話し始める。
 
「友人は選ぶべきだよ。……少なくとも其処に居る問題児なんかと一緒に居たら、君の品位が疑われる」
「………………」
「カルリ・ハーティポット。君がどんな人物かは知ってるつもりだ。堕落しきった性格、使わない実力。それは無能と変わらない」
 
横目でちらりとカルリを見やり、ニュークは吐き捨てるように言った。
 
「……アカデミーの恥晒しめ」
「……っ! 会長――!」
「ミーティアサマ」
 
言い返そうとしたミーティアを、カルリはふざけた調子の猫撫で声で止めた。
そして、にっこりと微笑んでみせる。
 
「……ふん」
 
ニュークはそんなカルリの反応を鼻で笑うと、今度こそ四人から離れ、歩き去っていった。
 
「……っ……」
 
最後にニュークがミーティアに向けた視線は、あの時のような、薄気味の悪いものだった。
カルリはその彼の視線さえも、ニコニコとした笑みで、あえて見逃していた。
 
【4】
「あーもうなんだよアイツッ!!! あったまきた!」
 
あちこち歩き回って怒り心頭、といった様子で居るのは勿論ラティベルだった。
 
「スフィン先生に対してあんな酷いこと言って、しかも先輩にまであんなこと! ……あーもう何であんなのが生徒会長なの!? 大体スフィン先生の机、ボクらが行った時何も無かったじゃんか! 出て来る訳無いじゃん証拠なんてさぁ!!!」
 
ミーティアの部屋に帰り着くまでも、ラティベルはずっとこの調子だった。
あの時我慢した怒りが、噴出している。
 
「ちょっとあれは酷いよね~。カルリが問題児なのはあたしも認めるけどさ」
「先輩は問題児だけどいい問題児だよ!」
「……アンタら、それ褒めてるんデスか貶してんデスか」
「褒めてる!!!」
「つもり~」
「……アッソ」
「うー……スフィン先生どうなったんだろう……」
「滅茶苦茶動揺してたよね。……大丈夫かな」
「あの先生デスし錯乱起こしても暴れる度胸は多分無いかと……。……ミーティアサマ?」
 
ふとミーティアのほうに視線を向けたカルリは、彼女の様子を見て目を丸くした。
膝の上で手を強く握り締め、微動だにしない。
顔は興奮によって少し赤く染まっていた。
 
「おねえちゃん……?」
 
恐る恐るラティベルが傍に近づき、呟く。
それにも反応を示さなかったミーティアだが、やがて静かに立ち上がり、そして言った。 
 
「……私、父の所に行って来ます」
「え、おじちゃんのところ?」
「ブラキウム先生のところか~。……そっか、その手があったね。ミーティア先輩が話せば、誤解が全部解けるわけじゃないけどきっと考えてくれるよ~」
「貴方達は、ここで待っていてく下さい」
「ボクも行く!」
「ダメです」
 
即座に断られたラティベルだが、それでも諦めずに食い下がる。
 
「なんで!? ボクも一緒に行ってスフィン先生のこと――!」
「……お願いします。一人で行かせて下さい」
 
誰に向けたものでもない、お辞儀。
極限まで感情を押さえ込んだ、抑揚の無い声。
ミーティアのこの反応に、ラティベルも押し黙るしかない。
カルリはそんな彼女を見て、あえて微笑んで答えて見せた。
 
「……わかりました。お留守番してますヨ、カルリ達は」
「でも――」
「助手。これはアタシの命令デス。……留守番するゾ」
「う……わ、わかったよ……」
「……ありがとう、カルリ」
「イエイエ。行ってらっしゃいませ、ミーティアサマ」
 
まるで人形のように無表情になったミーティアは、挨拶もろくにせずに部屋を出て行ってしまう。
静かに扉が閉まった後、カルリは大きくため息をついた。
 
「何が一番カルリの心に響いてるって、ミーティアサマがさっきからずっと動揺しっぱなしなことなんですよネェ……」
「ミーティア先輩、こういうの初めてだろうしね~……。何でも無いように装ってるけど、かなりキてるよ」
「おねえちゃん……」
「お労しい姿デス全く……胸が張り裂けそうデス、できることなら変わってあげたいデス! ……アンタも、ちょっとはミーティアサマの心を汲み取りなさいナ」
「わ、わかってるよ!」
「ン、ヨロシイ」
 
カルリは満足そうに頷き、そして真面目な表情をしてラティベルを見据え。
 
「……アンタが一番近くに居るんだから。……しっかりしなさいよねー全く」
 
何時ものような喋り方ではなく、極々普通の口調でこう言ったのだった。
 
「……う、うん……」
 
普段からは考えられない、真面目なその姿にラティベルは少々戸惑いつつも返事を返す。
戸惑っているのはラティベルだけではない。
 
「ところで、ピリナ」
「えっ? あ、うん、何?」
 
ピリナもだった。
彼女も、カルリのこのような姿を見るのは初めてだった。
 
「一個聞きたいことがあるんですケド」
 
そんな様子をカルリは気にすることなく、また元の口調に戻って話を続ける。
 
「何を聞きたいの?」
「……尻尾について、ちょっとネ」
 
 カルリはピリナの問いにこう答え、そして薄い笑みを浮かべた。
 
【5】
 一人の男が椅子に深く腰掛けている。
 艶やかな銀色をした長髪、青い瞳、尖った耳。
 顔立ちはまだまだ若く、一見すれば20代後半に見える。
 しかしこの男の歳は既に40を超えていた。
 とある種族の純血である男は、若々しい外見をあと60年は保てるのだった。
 “知識の休息所”学長、ブラキウム=スターレンテは椅子に深く腰掛け、悩んでいた。
 つい先ほど起こったばかりの事件についてだ。
 教師による窃盗疑惑の浮上、それも問題の人物がブラキウム自身も一目置いていた若手教師、スキュラーズ・スフィンだったのだから、その悩みの深さは察して知るべきである。
 確実な証拠は出ていない。しかし、生徒に与えた動揺は間違いなく大きい。
 暫くの休暇ということで休むように命じたが、それから先のことについてはまるで見通しが立たなかった。
 正確には、一つだけ立っていた。
 スキュラーズにとっては死刑宣告にも等しいものだったが。
 
「………………」
 
 学長専用の仕事場であるこの部屋は、いまは静まり返っている。
 しかしブラキウムの耳には、五月蝿いざわめきが残っていた。
 必死に身の潔白を証明するスキュラーズが騒ぎ立てていた声が、未だに耳にこびりついているのだ。
 
――僕じゃない……僕は何もやっていないんです学長! これは何かの間違い……間違いなんだ……!!!
 
「………………」
 
その時、部屋にノックの音が二度、響いた。
 
「ブラキウム先生」
「む……。何だ」
 
若者の、しかし若者が持ちえるはずの無い重みを伴う声が響く。
扉の向こうに居る教師の声が、くぐもったものとなってブラキウムの耳に届く。
 
「ミーティア・スターレンテさんが先生にお会いしたいと」
「ミーティアが……? ……わかった、ここへ通してくれ」
 
開く扉、ゆっくりと入ってくるミーティア。
ブラキウムは椅子から立ち上がり、ミーティアに応接用のソファーに座るよう促す。
そして自分もソファーに腰を下ろした。
 
「どうした、ミーティア? ……いや、聞かなくてもいいな。わかっている。お前がここに来た理由は私も知っているつもりだ」
「スフィン先生は……」
「彼はもう家に帰らせた。暫く休養を取らせることにしたよ」
「……そう、ですか」
「お前もショックだろう……。私も信じられんのだ。彼が……彼が犯罪を犯すなどとは到底思えんのだ」
「スフィン先生は……無実です」
「私もそう思いたい。……しかし、生徒達がそれを認めてくれるだろうか?」
「………………」
「ある程度の状況は把握しているつもりだ。……彼が不利な状況であることがよくわかった。どうすれば彼の無実を証明できるのか……私にはわからない」
「諦めるのですか?」
 
少し責めるような響きを伴ったミーティアの声に、ブラキウムは顔をしかめる。
 
「そうではない。……そうではないが。今は何も考え付かないのだ……」
「……ごめんなさい」
「謝ることは無い。……そんな疑惑を持たせるような環境を作っていた私達にも責任がある。何とか手を尽くしてみる。……だから、今日はお帰り。顔が真っ青だ」
 
ブラキウムの言うとおり、ミーティアは顔面蒼白だった。
精神的な疲労によるものだと、ブラキウムは一目で見抜いている。
 
「……はい。突然来て、すみませんでした」
「一人で帰れるか? 良ければ、誰か付けるが」
「いえ……大丈夫です」
「……そうか、わかった。気をつけてお帰り、ミーティア」
「はい、お父様。……それでは失礼します」
 
ミーティアはゆっくりと立ち上がり、そしてゆっくりと部屋の出口まで向かう。
部屋を出る間際にもう一度お辞儀をして、ミーティアは部屋を後にした。
 
「………………」
 
 ブラキウムは眉間を押さえて、大きくため息を吐いた。
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