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適当に書き散らしたものを纏めてます。

   
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最初の事件・・・名?探偵カルリ誕生!(前編・1)
 【1】
魔術王国ソリュニクス首都リグナス。

 そこに建つ巨大アカデミー『知識の休憩所』の、学生ホール。
食欲を刺激する匂いが漂うその場所は、昼食時ということもありとても賑やかだった。
賑やかなのはあちこちで他愛もない会話が繰り広げられているからであり、そしてその会話をしている人々の姿は多種多様。
耳が尖っている以外は普通の人間となんら変わりない者、耳が獣のものだったり、尻尾が生えている者、獣の頭を持つ者、或いは獣そのもの。
明らかに外見に全く統一感のないこの集団だが、誰もそれに違和感を抱いている様子はなく、親しげに会話をしていた。
 
「あー眠かった。あの先生の声のトーンどうにかならんのかね……」
 
黒色の犬の耳と尻尾を持つ青年がカレーライスを口に運びつつ、ぼやいている。
 
「ここ最近ひどいよねー。最初っから椅子に座り込んで机に突っ伏してだるそうに教科書開いてるし」
 
そんな青年の言葉に同意するように、スパゲティをフォークの先でいじりながら返す、栗色の犬の耳と尻尾を持つ女性。
 
「……それであの速度で進めてるんだから、こっちとしては大変だー」
 
椅子の上に立ち、纏った黒い布が器用にスプーンを扱い、目の前の小皿に盛られたポテトサラダを一口味わってから答える、茶トラの猫。
青年も女性も頷き、自分の頼んだ料理を口に運ぶ。
 
「眠気と戦いながら必死に教科書の文字追ってノート取って……辛いよねー。もうあの声が子守唄みたいなもんだし」
 
空いているテーブルに親しい者同士で座り、食事を楽しむ。
昼食時の学生ホールの、いつもの光景である。
ふと会話が止まり、女性は何気なしに辺りを見回した。
そして新しい話題になりそうな存在を見つけ、ゆっくりとその存在を指差した。
 
「ところでさ、あのテーブル。……あそこであの子いっつも寝てない?」
「ん?」
 
女性が示したのはホールの隅のテーブルを陣取り、突っ伏して寝こけている一人の女生徒だった。
レモンクリーム色のふわふわとしたショートヘア、魔術学科の第9学年の制服であるベージュ色のローブ。
枕にしている腕は華奢で、肌の色はミルク色。
ローブの背中から大きな黒い蝙蝠の羽が飛び出ており、時たま思い出したようにぱたぱたと動いている。
たまにその羽がすぐ横を通り過ぎる他の生徒に軽く当たるのだが、全員慣れた顔でその女生徒の横を通り過ぎていっていた。
 
「そういえば……あれ? 朝にもあそこで寝てたの見たぞ、俺」
「朝……って、授業とか出てないのかしら」
「なんだ、二人とも知らんのかー」
 
いつの間にかポテトサラダを食べ終えて毛づくろいしている猫に、二人の男女は視線を向ける。
 
「知ってるの?」
「ちょっとした有名人だよ。あの子はサボり魔で有名な、カルリ・ハーティポット」
 
暫く猫を眺めた後、顔を見合わせ、二人の男女は目を丸くした。
そして苦笑を浮かべる。
 
「……サボり魔……ねぇ」
「成績とか、大丈夫なんだろうか。他人事ながら心配になるぞ」
「ただのサボり魔なら有名にはならないよー」
「何か凄いの?」
「うにゃ。……ほら、あれを見てー」
 
と、猫が示した先には。
 
「あ、いたいたー。カルリ、おはよー」
「……ん……? あぁ、おはよーございマス……ネム……」
「朝からずっと寝ててまだ寝たりないの?」
「半日は寝ないと調子でないんですヨ」
「相変わらずだなぁ。……ちょっといい?」
「ン」
「ここなんだけど……どうしても解けなくって」
 
恐らく友人なのだろう、灰色のリスの尻尾を持つ少女が朝から今までずっと寝こけていた蝙蝠の羽を持つ少女、カルリに一冊のノートを見せている。
顔をあげ、突き出されたノートに顔を向けたことで、カルリの表情はよく見えた。
鋭過ぎず、鈍過ぎないカーブを描いた鼻先、今はジト目になってはいるが普段はパッチリと開いていると思われるルビー色の瞳。
白い肌に映える桃色の唇。
その顔立ちは、子供から大人に移り変わる年齢の人間が持つ特有の不思議な美しさを保っていた。
暫くノートを眺めていたカルリは、ある箇所を指示す。
 
「ココの計算先にしないとダメですネ。あと多分ここの数値自体の求め方がドッカ狂っちゃってます。足し引き逆にしてマセン?」
「……あ! うわ~ほんとだ! ありがとう~」
「イエイエ……じゃ、ネマス」
「うん、おやすみ~」
 
友人に手を振って別れの挨拶をし、またもや机に突っ伏してしまったカルリ。
猫は二人の男女のほうに視線を戻して、話す。
 
「……と、まぁあんな調子。授業には出ないけど常に成績は首位に近い、といった具合ー」
「う、羨ましい……」
「こっちは留年とか掛かってるのに……」
「魔術関連の授業だけはきっちり出てるそうだけどー。……そういえば彼女オリジナルの魔術完成させたとかで先生達が大騒ぎしてた覚えがあるなー、あれどうなったんだろうね、結局ー」 
「問題なのは態度だけ、ってことか……」
「その通り。……随分先生方も頭を悩ませているらしいねー」
「天才となんとかは……ってとこかしら」
「まさしくそうだー。……実はもう一個彼女が有名な理由があってね――」
 
話し始めようとしたそのとき、ホールにざわめきが広がった。
何事かと二人と一匹は辺りを見回し。
先ほどまで寝ていたはずのカルリが一人の男子生徒に掴みかかっているのを見つけ驚くのだった。
 
「今なんて言ったデスか!?」
 
ものすごい剣幕のカルリに男子生徒はたじたじになりながら答えている。
 
「い、いや、スターレンテが欠席してるって……」
「原因は!?」
「いや、なんか風邪ひいたらし……うわっ!?」
 
それだけ聞くとカルリはもう用がないとばかりに男子生徒を突き飛ばすと、一目散に学生ホールから走り去っていく。
 
「こうしちゃ居られないデス! 待ってて下さいミーティアサマー!!!」
 
しばしの沈黙が学生ホールを支配するが、やがて数え切れないほどの苦笑いや嘲笑の声があがり始め、直にホールは元の賑やかさを取り戻した。
苦笑していた一匹である猫は、唖然としている男女二人を見やり、話す。
 
「……と、まぁ。ミーティア・スターレンテは勿論しってるよねー?」
「そりゃ、まあ。知らない奴は居ないだろ」
「学長の娘で、入学から最終学年の今まで首位を独走……。完璧って言葉が服着て歩いてるって感じの人よね……」
「カルリ・ハーティポットはそのミーティア・スターレンテをとても気に入ってるそうで、もう崇拝してるって域らしいよー」
「なるほど、ねぇ……」
「やっぱり天才となんとか……」
「よくわからん世界だー」
 
姿はもう見えなくなっているが、二人と一匹はカルリの出て行った方向を、しばらく眺めていた。
 
【2】
「ミーティアサマッ!!!」
 
『東学生寮13号館7階』、最南端に位置する部屋にカルリは訪れていた。
鍵の掛かっていなかったドアを開いた先には、ベッドの縁に座ってぼんやりとしている一人の女性の姿があった。
抜けるように白い肌、頭の上で団子状に纏めた銀色の髪は艶やかで、霞んだアイスブルーという珍しい色の瞳は憂いの他に、言い表せない何かを含んでいる。
少しつんとした鼻先、薄桃色の薄い唇。
身に着けているのは神聖術学科の第13学年の制服である、竜の羽が赤、黒、金の三色の糸で右胸に当たる箇所に刺繍されている白の法衣。
窓から差し込む日の光が部屋と女性を照らし出し、その光景は女性の持つ雰囲気も合わさって一種の芸術を感じさせた。
 
「あ……カルリ」
 
静かだがはっきりと耳に届く透き通った声。
女性、ミーティアはカルリの姿を確認すると、少し困ったような表情を見せた。
てっきりミーティアが寝巻きで居ると思い込んでいたカルリは目を丸くする。
 
「風邪をひいたときいて飛んできたんですヨ! お、お薬とかは!? 寝てなきゃダメじゃないデスか! もう今日はお休み! 途中出席ナシ! さぁさぁパジャマに着替えるんデス!」
「いえ……ごめんなさい。心配を掛けたみたいで……。風邪じゃ、ないんです」
「……ヘ?」
「ずる休み……になるんでしょうか。とりあえず扉を閉めて、ちょっと、こちらに」
「……? ハイ」
 
一度俯いて、控えめに手招きをするミーティアを見てカルリは首をかしげる。
ミーティアの様子が普段と違うことに気づいたためだ。
ミーティアを眺め続けて早三年、感情をあまり表に出さないと評判の人物の微妙な心理状況、それがわかるまでにカルリは熟練した目利きの技術を身に着けていた。
言われたとおりに扉をしっかり閉めて、ベッドの縁に腰掛けているミーティアの横に同じように腰掛ける。
 
「ミーティアサマがズル休みなんて一体?」
「……無いんです」
「無い? 何がデス?」
「その……。……ぎ……」
「ギ?」
「……し、下着です……」
 
恥ずかしそうに――事実顔が赤く染まっていたのだ――蚊の鳴くような声で話すミーティア。
カルリはミーティアの言葉を頭の中で反芻する。
下着、したぎ、シタギ。
つまりそれは。
 
「……ぱ、ぱんつ、とか……?」
「……洗濯籠に……いれて、おいたのが……その……」
「!!!」
「な、何度も探したんです。でも……やっぱり……。……カルリ?」
「ちょ、チョトマテクダサイネクールダウンクールダウン……落ち着くんデス……そう、深呼吸……スーハースーハー」
 
ミーティアの告白はカルリにとってとてつもない衝撃だった。
完全無欠、完璧超人、容姿端麗。自分の憧れでありちょっぴりと、いやかなり下心を持って付き合っている人間の下着が、盗まれたというのだ。
 
――着用済み盗るとかうらやま……ジャナイ!!! どこのバカか知らないデスけどブッ殺ス。五、六回死ナス。着用済みとか想像なんてしなくても一発でカルリは、カルリは……!!!
 
頭を抱えて一人妄想に耽りそうになっているカルリ。
勿論そんなことを露ほども知らないミーティアは、そんなカルリの肩を静かに叩いて心配そうに声をかけた。
 
「……大丈夫ですか……?」
「……ハッ!? 大丈夫デス!」
「昨日の夜、父と一緒に夕食を頂く日だったので父の所へ行って……勿論その時しっかり戸締りはしました。それなのに、帰ってみると鍵が開いていて……」
「それで……?」
「慌てて部屋に入ったんです、泥棒に入られたんだって気づいて。……でも、おかしかったんです。部屋に荒らされた後はないですし、何か取られた感じもなかったんです。一旦は安心したんですけれど、ふと洗濯籠に目が行って。……違和感を感じたんです」
「違和感、デスか?」
「昨日入れたばかりの服が籠の一番底にあって、三日前に入れた服が一番上に来ていたんです。それに気づいて、籠をひっくり返して確かめてみたら……」
「ぱ……下着が、無くなってたんデスカ」
「……二枚籠にあったはずなんですけど、無くなってました」
「確か……ですネ?」
「間違い無いです。なんだか気味が悪くて……。気分も優れなかったので、今日は嘘をついて休んでしまいました」
「ついて当然休んで当然デス! そんなことがあったらレディなら気絶してますヨ! ミーティアサマは気丈な人ですから今もこうして振舞ってますケド……」
「こうして座っていて少しは落ち着きましたけど……やっぱり、まだ少し怖いです。盗まれた品が品だけに、父にも少し話しにくいですし」
「ミーティアサマ……」
「カルリは口が堅いですから……それに、とても親しくしてくれていますから、話しました。……やっぱり誰かに話すと、落ち着きます。一人で溜め込むと、気が滅入ってしまいますね」
 
小さくため息をつくミーティアに、そっと肩を抱くカルリ。
気丈である、と先ほど言った物の、今のミーティアは確かに怯えていることにカルリは気づいていた。
このときばかりはいつもの下心は吹っ飛び、ただ純粋にミーティアのことを心配する自分が居ることに気づくカルリ。
そして、絶対に犯人を見つけ出してやるという決意も湧き上がっている事にも気づく。
それはすぐに言葉となって現れた。
 
「……ミーティアサマ! アタシが、このカルリがその泥棒を見つけ出します!」
「え……? でも、誰がやったかなんてまるでわからないのに」
「わからなくても見つけますヨ! ミーティアサマにこんなことをするバカは絶対に逃がさないんデスから!」
「……ありがとうございます、カルリ……」
 
天使のような、陳腐ではあるがそんな表現がぴったりと当てはまるようなミーティアの笑み。
カルリも笑い返し、そして勢いよくベッドから飛び降りた。
 
「お任せくださいネ、絶対犯人とっ捕まえてミーティアサマの前に突き出して見せますカラ! ……そうと決まれば早速調査ってヤツですヨ」
 
早速カルリは部屋の中を慎重に歩き回り始める。
暇つぶしに眺めていた名探偵の物語、今カルリはそれを思い出しながら行動していた。
最早題名すら覚えてない物語だったため、気分が盛り上がるだけの効果ぐらいしかなかったが。
きっちり整頓され、いつも自分が見ているミーティアの部屋とまるで変わりのない様子に、何も情報はつかめない。
首をかしげながら、カルリは本の内容を思い出し続ける。
あの本の中の名探偵はまず何をしていたのか。
事件現場をじっくりと眺めて、煙草を燻らせて、それから。
 
「……こういうときは……そう。メモですヨ、メモ。情報を足で稼いで聞き込みして情報を集めるのが第一ってヤツですネ」
「なら……これでよければ使ってください。買ったはいいけど、全く使わなくて」
 
いつの間にかカルリの後ろを付いて、同じように部屋を見渡していたミーティアが手渡したのは、真新しい皮の手帳に、一本の万年筆。
カルリは丁寧にその二つの品を受け取り、早速一ページ目の白紙を開いた。
 
「……じゃ、まずはミーティアサマから情報を集めます」
「えぇ、何でも聞いてください」
「まずはー……そう! ハンコージコクですネ! お父サマの所へいったのは何時ごろですか?」
「確か……そう。昨日は夕食を一緒に頂く日だったので、それに間に合うように……19時45分、でした。時計を確認したので間違いないです」
「フムフム。……帰って来たのは何時ごろデス?」
「色々と話をして……部屋に戻ったのは22時を少し過ぎたぐらいでした。父のところを去ったのが丁度22時でしたし、ここへ帰って来るのに15分ほどかかりますから、恐らく22時15分だと」
 
得た情報を早速手帳に書き留めるカルリ。
さらさらと書き留めているつもりだが、なかなかどうして、手帳を手に持ったまま書き入れていくのは難しい。
しかも滅多にカルリは書き物をしないため、書き込む量がかなりあることに気づいて顔をしかめる。
 
「……小説の中だとどんなに難しいことも簡単に済ませてるんだから羨ましいですネ」
「え?」
「あ、イエイエこっちの話ですヨ。……となるとハンコージコクは、19時45分から22時15分までの間……と。鍵が開いてたって仰いましたネ」
「えぇ。でも……鍵の掛け忘れとは思えないんです。私、部屋に鍵を掛けたときは必ず開かないかどうか確かめてから行くんです。あの時は確かに……自分で鍵を掛けたんです。なのに……」
「フーム……」
 
窓のそばに駆け寄って、そこから下を眺めてみる。
恐怖を感じる人間も出てくるだろうという位置にこの部屋があることを改めて思い知らされる。 
 
「……窓は、無理ですネ。カルリみたいに空を飛べれば窓の外には来れますケド」
「窓は内側に鍵がありますから、外から開けようとしたら窓を壊さないと無理だと思います。勿論昨日はちゃんと窓を閉めてましたよ。昨日の夜から今日の朝までずっと雨でしたし」
「同感デス。やっぱり進入経路はその扉。そこから入って来たと見て間違いないデス」
「でも、どうして……。絶対に鍵はかけてたんです」
「ンー……合鍵とかじゃ? ミーティアサマ、作ったことないんデス?」
「無断で合鍵は作れないんですよ。それが発覚したら罰則ですから……。だから、私の持っているこの鍵一つだけ、です」
 
ミーティアが法衣の胸ポケットから取り出した鍵は何の変哲も無いごく普通の物で、特別な施しは見当たらない。
 
「失くした事は?」
「ありません。今まで一度も」
「ですよネー」
 
ミーティアに限っては在り得ないと、カルリは頷き笑う。
次に向かったのは問題の扉で、用心深く鍵穴を覗き始めた。
内側も外側も念入りに見比べるが、カルリの思ったような痕跡は一つも無い。
 
「フーン……」
「どうですか、カルリ?」
「ピッキングかと思ったんですケド、ドーモそうでもないらしくって。うーん……ミーティアサマ、状況を考えるにやはり……」
「合鍵……ですか?」
「エェ。抉じ開けた訳でもない、窓から侵入したわけでもない。……天井はどう考えても無茶。床なんて以ての外。掛けたはずの鍵が開いていた、となるとやはり合鍵の存在が疑われますヨ」
 
ミーティアは困ったような、恐れたような複雑な表情を見せた。
 
「それじゃあ、誰かが私の知らないところで合鍵を手に入れている……ということになるんでしょうか」
「その可能性は、高いでしょうネ。どうやって手に入れたかはまだわかりませんケド。……となるとやっぱり確実に犯人とっ捕まえないとミーティアサマが危険デス!」
「危険、ですか?」
「だってミーティアサマの部屋の鍵をその犯人が持ってるんですヨ? また何時入ってくるか……! 今回はミーティアサマが居なかったけど、深夜寝静まってる頃にまたその犯人が……!」
「確かに……有り得ないとは言い切れませんね」
「そうですヨ!」
 
すっかり書き込むのをやめてしまった手帳に、万年筆を懐に収めてから、カルリはミーティアの傍に駆け寄りその手を取った。
 
「一日でも一時間でも一分でも一秒でも早く! 犯人を捕まえます!」
「無茶はしないで下さいね……?」
「多少の無茶は覚悟の上デス! ミーティアサマのためなら多少校則に引っかかろうがなんだろうが――」
 
悦に入ったように語るカルリは、そのままミーティアを抱き寄せ、お互いの鼻先がくっつきそうなほどに密着して。
 
「このカルリ・ハーティポット、必ずやミーティアサマのお悩みを解決して――」
「おねえちゃん!!!」
 
まるで男が女に愛を囁くかのような調子で決めようとしていたカルリだったが、台詞の途中でドアが勢いよく開いたため中断する羽目になった。
大きな、はきはきとした声が部屋に響く。
 
「風邪ひいた……って……?」
 
飛び込んできたのは、一人の少女だった。
身に着けている法衣はミーティアのものとほぼ同じデザインで、紺色は神聖術学科の第6学年である証。
健康的に少しだけ焼けた肌色、燃えるように赤いルビー色のツインテール、カルリの持つ瞳の色より更に濃い、ぱっちりと開いたルビー色の瞳。
つんとした鼻先に、赤みがかった薄い唇。
活力、元気といった言葉が形を取るならばきっとこのような姿になるのだろうと誰もが思う姿の少女。
目の前の光景に驚いたようで、矢継ぎ早に質問をしようとしていたのを中断して、ミーティアを抱き寄せているカルリになんともいえない表情を向けている。
 
「あ……ラティベル」
「……なに勢いよく突っ込んで来てんデスかアンタ!」
 
台詞を邪魔されたのが気に食わないのか早速ラティベルと呼ばれた少女に食って掛かるカルリ。
 
「おねえちゃんが風邪ひいたって聞いたから来たんだよ! ボクにできることがあるかなって思って! 先輩こそ何でここに居るの!」
 
しかし彼女も顔をしかめて負けじと言い返す。
それをぼんやりとしたような、なんとも形容しがたい不思議な表情で静観するミーティア。
この三人の関係、何も今に始まったことではない。
カルリもラティベルもミーティアを好いており――カルリはラティベルとは少々違う好き、なのだが――よくこの部屋を訪れていた。
そして毎度のごとくカルリがミーティアを独占しようとして、ラティベルが反発し、小さな小さな戦争が勃発する。
 
「不器用なアンタなんかにデリケートなミーティアサマのお世話なんてできるわけ無いですヨ! さっさとカエレ!」
「またそんなこと言う! 先輩こそそんなにうるさく騒いでたらおねえちゃんの風邪が悪化するでしょ!?」
「ナッ!? うるさいとは何事デスか!? カルリのこの愛がぎっしり詰まった行動一つ一つ全てがミーティアサマの治癒になるんですヨ!? 元気『だけ』が取り得の男勝りは今必要ないんデス!」
「元気を分けに来たっていいじゃんか!!!」
「いーやこのカルリ認めないデス! ミーティアサマのお世話はこのカルリ・ハーティポットが――」
「……とりあえず扉を閉めてくれませんか?」
 
言い合う二人の喧しい声の中でもしっかりと響くミーティアの声。
ラティベルは我に帰ったように後ろを振り向き、開きっ放しの扉を急いで閉めた。
 
「……ご、ごめんね」
 
ばつが悪そうにミーティアに謝るラティベルを見てカルリは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
 
「全くこれだから不器用だってカルリは――」
「カルリ。……ラティベルも私のことを心配してここに来てくれたんです。その言い方は無いでしょう?」
「だって――」
「カルリ」
 
少しだけトーンを落としたミーティアの声。
それは少し機嫌を悪くしているというサインであることを、カルリは知っている。
そして機嫌を直してもらうために何をするかも、カルリは知っていた。
 
「……わ、悪かったですヨ。心配な気持ちはお互い一緒デス。カルリも言い過ぎました」
「二人とも仲良く……ね?」
 
カルリの謝罪を聞いて満足したように頷き、そして微笑むミーティア。
しばらくは静観しているが、必ずヒートアップする前にミーティアが放つ鶴の一声により、二人の小さな戦争は一気に休戦へと向かう。
いつものことであった。
 
【3】
「えぇ!? そんなことが……酷い奴も居るね!?」
「全くデス! ミーティアサマの……あ、あろうことかぱ……下着盗むなんてふざけた奴デス! 開廷死刑宣告閉廷ギロチンですヨ!」
「絶対に見つけなきゃ!」
「えぇ見つけますトモ見つけますヨ! ……このカルリの最愛のヒトに手ぇ出すヤツはミナゴロシ――」
「……お茶のおかわり、如何です?」
「頂きます!」
「ちょーだい!」
 
先ほどまでの犬猿の仲はどこへやら、微妙にかみ合ってすっかり意気投合している二人。
ミーティアはそんな二人を頼もしく思っているが、やはり心配の念があることも否定できなかった。
 
「念を押すようで悪いですけど……無茶はしないで下さいね」
「わかってます! ミーティアサマには絶対迷惑かけません!」
「絶対犯人見つけようね先輩!」
「……いいこと思いつきましタ。アンタ助手になるんですヨ!」
「助手? 何の?」
「探偵デス! 今からこのカルリ・ハーティポットは探偵なんデス! ミーティアサマのために、ミーティアサマの命令に従って動く探偵! そしてアンタはその探偵の助手!」
「……よくわかんないけど、おねえちゃんの役に立てるんだよね? だったらその助手やる!」
「じゃ、アンタはこの手帳に情報をメモする役割ですヨ! どんなに細かい情報も漏らさずこれに書き留めるんデス!」
「りょーかい!」
 
ちゃっかり書き仕事をラティベルに押し付けて気合を入れているカルリに、よくわからないらしいがカルリに乗せられて気合を入れているラティベル。
 
――本当に、大丈夫でしょうか……。
 
ますます不安の気持ちが膨れ上がるが、ミーティアは紅茶を飲んでその気持ちを無理矢理落ち着けることにする。
お茶会も佳境に差し掛かり、再び話題は事件のことに戻っていた。 
 
「とりあえず今までの調査でわかったことは四つデス。一つ目は犯行時刻。これは『19時45分から22時15分の間』ですネ。ミーティアサマの証言ですからこれは確実と考えてもいいかとカルリは思いますネ」
「ふむふむ……」
「ソウソウ、そんな感じでメモってくれればカルリは助かるんですヨ。二つ目は侵入経路。窓からの侵入は不可能……そもそも窓の鍵は内側にありますしネ。魔術で鍵を開ける術もあるにはあるんですが、このアカデミーでそれは一切通用シマセン。前試したし」
「……試したの先輩?」
「何度か試みたものの……ア、これは内緒でお願いしますヨ。他に侵入できる箇所は無く、そうなると消去法によって侵入経路は――」
「あの扉だね」
「そういうコト。しかしミーティアサマはちゃんと戸締りをしたと証言されてます。ミーティアサマが戸締りを忘れるはずが無いからこれも確実」
「そんな理由でいいんですか、カルリ……?」
 
余りに適当な理由付けに首を傾げるミーティア。
しかしカルリは至極真面目な顔で。
 
「ミーティアサマは完璧ですから」
 
と答えた。
 
「ボクも先輩の意見に賛成! だっておねえちゃんだもん!」
 
更に続くラティベル。
 
「そ、そうですか」
 
ミーティアは頷く他無かった。
 
「三つ目は犯行動機! これは間違いなく……確実、100パーセント!……ミーティアサマの下着を盗むために入ったとカルリは自信を持って言えますヨ! ……しかも、洗濯籠に入っていたものを最初から狙ってますネ」
「どうしてそう云えるんですか、カルリ?」
「ミーティアサマ。部屋は全く荒らされてないデス。お金も無事だし、何よりクローゼットに一つも手をつけて居ない事が何よりの証拠!」
「……確かに、洗濯籠以外は全く手を付けられていませんでした。でもどうして……その、汚れてる物を盗んだんでしょう……?」
「普通は綺麗なものを盗もうと思うんじゃ?」
「私もそう思います」
 
――……アァ、超がつくほど清純……! これだからミーティアサマはとっても魅力的デス……!!!
 
理解できないといった様子で首をかしげる二人に、そんな二人――正確にはミーティアを――を見て悶えるカルリ。
 
「……先輩?」
「ン、何でもないですヨ! カルリも何でそれを盗んだのかよくわかりませんケド、一つだけ云えます! 犯人はミーティアサマの行動を知っていた……それもかなり詳しくデス!」
「私の行動、ですか?」
 
カルリは椅子から立ち上がり、部屋の備え付けられた机の上に近づく。
そして、その上に置いてあったカレンダーを手に取って戻ってきた。
今日は4月の16日。
一週間は12日であり、それぞれに魔術で扱われる12の属性の名を与えられていることが、カレンダーを見ることでわかる。
 
「週に3回でしたよネ、お父様とお食事されるのは」
「えぇ。水と氷と光の日です」
「それ以外は、夜部屋を空けたりはしないんデス?」
「特に用事が無ければ部屋にずっと居ます」
「ヤッパリ。……ミーティアサマが毎週決まった日に出かけることを犯人は知ってる可能性が高いですヨ! かなり計画的ですネ……。
それにミーティアサマがお洗濯してる日も知っている気がします! 確か風と太陽と無の日……。なるほど、見えてきましたヨ。洗濯物が一番溜まっていてなおかつミーティアサマがあの時刻居ない日は水の日しかないデス」
「確かにそうですね。……でもどうして私が毎週お洗濯する日をカルリが知ってるんですか?」
「エ? それはーそのー……」
 
自分もその犯人のように逐一ミーティアの行動を監視して覚えているから。
などとは口が裂けてもいえない。
カルリは愛想笑いを浮かべつつ。
 
「もう、ミーティアサマったら。何年付き合ってると思ってるんデスか! 何年も決まった日に同じことやってたらカルリだって覚えますヨ!」
「あ……そうですよね。カルリが覚えていても不思議じゃないですか」
「ですヨ!」
 
――……アーブナイアブナイ……。
 
ほっと胸をなでおろしつつ、これ以上下手に追求される前にとカルリは話を進めていく。
 
「きっと犯人はミーティアサマをこっそり監視して行動を把握したに違いないデス! 卑劣デス! 軽蔑していい変態デス!」
「監視、ですか……。なんだか怖いですね」
 
知らない誰かが自分のことをどこかで見ている。
その事実がやはり恐ろしいのだろう、紅茶を一口流し込んで、ため息をつくミーティア。
 
「大丈夫ですヨ! カルリがきっと守ります!」
「ボクもいるから安心して、おねえちゃん!」
「ありがとうございます、二人とも……」
「……さぁ、最後の四つ目、侵入手段ですネ。ミーティアサマの証言、この部屋の侵入経路、二つを照らし合わせると一つの答えしかでません。すなわち、誰かが『あるはずの無いもう一つの部屋の鍵を持っており、それで普通に鍵を開けて侵入した』という事デス」
「あるはずの無いもう一つの鍵、かぁ」
「寮に住んでるアンタなら知ってるでしょうけど、合鍵を勝手に作ったら罰則だそうですネ? さっきミーティアサマから聞きましたケド。……勿論ミーティアサマが無断で作るはずもないし、そもそも作ったことが無いと証言されてますネ。失くした事も無いそうですし」
「えぇ、一度もありません。常に肌身離さず持ってますから……」
「さっきも言いましたケドやっぱそうですよネー。ミーティアサマがどっかに鍵を置き忘れて部屋の前でアタフタとかそんなお茶目なことしてたらカルリは悶えますヨ」
「……?」
「アァこっちの話デス。気にしないで下さいネ。……さてそうなると、どこから鍵を手に入れてきたのかが問題。カルリは寮生じゃないのでわかんないんですよネ。二人とも、心当たり無いデス?」
「うーん……そういわれてもすぐには出てこないかも……」
「鍵をどう手に入れるか……ですか」
 
ラティベルとミーティアの二人は、しばらく考え込んでいる様子だったが、思い当たる節は無かったらしい。
二人とも頭を振り、カルリに示す。
 
「……思いつかない!」
「私もです。ごめんなさいカルリ」
「イエイエ。この辺の調査を行うことがまず第一かもしれませんネ。時間はたっぷりあるんですしじっくり考えましょうミーティアサマ。……と助手」
「えぇ、今日はじっくり――」
 
言いかけてミーティアは、カルリとラティベルの顔を交互に見やり呟いた。
 
「……貴方達、講義は?」
「カルリは次の講義休講デス」
 
悪びれも無く答えるカルリだが、当然それは嘘である。
魔術関連でない限り彼女は一切出席しないのだった。
対してラティベルは、ミーティアの言葉に慌てて椅子から立ち上がった。
 
「お、おねえちゃん今何分!?」
 
懐中時計を素早く取り出し時刻を確認するミーティア。
 
「55分……講義開始5分前ですね」
「うわ……やっばい! ボク行かなきゃ! ごめんねおねえちゃん、先輩! また後で!」
「多少遅れたってだーれも文句いいませんヨ。ま、ガンバッテ~」
「いってらっしゃい」
 
慌しく部屋を出て行くラティベル。
ばたばたと廊下を走っている音が聞こえ、だんだんと遠ざかっていくのが二人の耳に届く。
カルリは椅子から立ち上がり大きく伸びをし、翼をはためかせた。
 
「……とりあえず調査は一時中断ですネ。助手が手帳持って行っちゃったし」
「カルリはこれからどうします?」
「特に用事も無いですし、ミーティアサマが良かったらこのまま部屋に居ようかと思うんですケド」
「それは構いませんよ」
「あ、じゃあ今日の夜ここにお泊りしてもいいデス?」
「それはだめです」
 
どさくさにまぎれて頼んでみたものの予想されていたのか、あっさり断られたことにカルリは肩を落とす。
しかし諦めた様子は無い。
上目遣いに、芝居がかった動作を交えながら話を続けていく。
 
「だってぇ! ミーティアサマにまた魔の手が伸びるかもしれないんですヨ!? カルリはもう心配で心配で……!」
「原則人を泊めるのは禁止で――」
「原則規則校則がナンですかっ!!! ミーティアサマが悪い人間に襲われるという危険性の前にはそんなもの霞んで見えますヨッ!!!」
 
ミーティアの言葉を遮り、大声をあげたカルリ。
しかし直にしまったという風な表情を見せ、ミーティアに背を向けそっぽを向いて話し始める。
 
「……泊まらせてくれないなら部屋のドアの前でずっと張り込みしますヨ! この事件が解決するまでミーティアサマからは絶対に離れませんから!」
「カルリ……」
 
暫くの沈黙の後、カルリの後ろで小さなため息の音が聞こえた。
 
「……わかりました。ではこの事件の解決までは、私の部屋に泊まっていいです」
「ミーティアサマ!」
 
ぱっと笑顔を咲かせ振り向くカルリを、ミーティアはじっと見据えながら言葉を続ける。
 
「でも無断ではだめです。……この寮の管理人をされている先生に許可を頂きに行きましょう? 今の時間は多分講義に出られているでしょうから、夕方になりますが」
「了解しましたデス!」 
「なんて言い訳しましょうか……」
「まだまだ夕方までたっぷり時間がありますよミーティアサマ。……のんびり考えましょうヨ♪」
 
猫のようにミーティアに纏わりつきすっかりご機嫌なカルリ。
特にミーティアはそれに何か反応するわけでもなく、暫くぼうっとしたような視線をカルリに向けていたのだが。
何かを思いついたらしく、小さく声を上げた。
 
「カルリ」
「ハイ?」
「もう一つ条件を付けておきます。……サボったりせずに真面目に授業に出席すること。それが私の部屋に泊まるもう一つの条件ですよ」
「え」
 
唖然とした表情のカルリ。
そんな彼女を見てミーティアはくすりと笑った。
 
「休講なんていうのも嘘でしょう?」
「……ミーティアサマにはかなわないですネ」
「今日はいいですから、明日から。ちゃんと早起きするんですよ。起こしますからね」
「ハ~イ……。思わぬ障害ですケドミーティアサマに起こされるならそれはそれで……アリかな」
「何か?」
「イエイエ!」
 
カルリはミーティアに絡ませた腕をするりと解いて再び椅子に腰掛ける。
 
「……じゃ、言い訳考えましょうかミーティアサマ!」
「えぇ。……お茶、淹れ直しましょうか」
「ゼヒ! ミーティアサマのお茶があれば考えもぽんぽん飛び出るってものですヨ!」
 
カルリの目の前にあるテーブルの上に残されていた三人分のカップ&ソーサー。
ミーティアはそれを片付け始め、カルリは真面目な顔つきで何かを考え始める。
トレイに乗せたそれを運ぶ最中、ミーティアは窓の外に視線を向けた。
朝方までしとしとと降り続いていたのが嘘のように晴れ渡った青空と、アカデミーの本館。
雨に濡れたアカデミーの屋根が日差しを受け、輝いていた。
 
【4】
日が沈み闇に包まれる時刻、あちこちに備え付けられたランプに光が宿り、照らされたホールに響くノックの音。
扉の開く音がノックの後に続けて響く。
 
「……あ、君は七階の……」
「スターレンテです」
「そう、スターレンテ君。こんばんは」
「こんばんは、スフィン先生」
 
『東学生寮13号館』一階。
ミーティアとカルリはこの寮の管理人である青年、スキュラーズ・スフィンのもとへ訪れていた。
彼の外見は頭の上に飛び出した大きな藍色の猫の耳、同色の整えられた髪の毛、濃いウォーターブルーの瞳。
どこにでもあるような茶色いズボンの腰の部分からは20cm程度の藍色の猫の尻尾が飛び出している。
真っ白なカッターシャツに、きっちりと締めたワインレッドのネクタイ。その上に身に着ける紺色のチョッキ。
真一文字に結ばれた口元、ぴしりと背筋を伸ばしミーティアと向き合う姿は、まさに誠実そのものといった感じである。
堅苦しい雰囲気は無い。
彼が童顔で子供っぽい顔つきをしているため、年上である、教師であるという印象が薄いのだ。
見た目どおりの誠実さを持つこの若い教師は、この寮の生徒は勿論、彼の講義を受ける生徒からの評判も高い。
ミーティアの記憶には、毎朝講義を受けに行くため外出する生徒達に、子供っぽい朗らかな笑みを浮かべ挨拶をしている彼の姿がはっきりと残っている。
初めはきょとんとした表情を見せていたスキュラーズだが、ミーティアと挨拶を交わすときにはもういつもの優しい笑みを浮かべ、聞く者にとって心地よい響きを伴う声で話していた。
 
「何の御用でしょう、スターレンテ君?」
「実は……。……カルリ」
「ン? あー、ハイハイー」
 
一階ホール全体のあちこちに備え付けられた椅子と机に、もくもくと勉強している何人かの人間を何気なしに眺めていたカルリはミーティアに呼ばれると、足早に二人のもとへ向かう。
そんなカルリの姿を見て、スキュラーズは首を傾げた。
 
「……? 彼女は?」
「私の友人なのですけれど、実は……」
「姉サンの家に住んでたんですケド、元々の家がボロだったからかちょっと壊れちゃいましテ。寝泊りできる場所に困ってこうしてミーティアセンパイを頼ってきたんデス……」
「えぇっ? それは大変だね……」
 
カルリの話に、スキュラーズはまるで疑うことを知らない子供のように驚いている。
勿論カルリの話は嘘で、疑われた場合のためにもう三つほど嘘を用意していたのだが、一つ目の嘘であっさり許可を得られそうな雰囲気になっていた。
ぴくぴくと動くスキュラーズの猫の耳を見て、カルリはミーティアに目配せをする。
承知しているといった様子でミーティアは僅かに頷いてみせて、そして話を切り出した。
 
「そこで、彼女のお家が直るまで私のお部屋に泊めてあげられないかと……」
「うーん……それは困ったなぁ……」
「勿論規則は知ってます。でも、放っておけないんです」
 
暫く目を閉じたまま考え込むスキュラーズ。
ミーティアとカルリはそんな彼をじっと見つめていた。
やがてスキュラーズは小さく頷き、笑みを浮かべた。
 
「……よし、わかったよ。許可しよう」
「ヤタ! ありがとうですヨ、センセ♪」
「ただし、いくつか寮の規則は守って貰うよ」
「規則デスか」
「そう厳しいものじゃないから安心してくれ。まず一つ目は他の寮生に迷惑をかけないこと。……これは当然だね」
「ウンウン。かけないデス」
「二つ目。門限は23時だ。それまでに帰って来る事。それと23時以降の外出も原則禁止となっている。破ってしまうと反省文を書かなければいけないからね。寮生じゃなくても、スターレンテ君の部屋に泊まっている間は同じ扱いだから気をつけて」
「23時……。どうしても用事があってでなきゃいけない時はどうすればいいんデスか?」
「そのときは見回りの先生を探して事情を説明してくれ。一応僕も0時まではこの管理人室に居るからね」
「フムフム、わかったですヨ」
「一時的にこの寮に住む君にはこの二つを教えておけば十分かな。他にも何かあったらここに来てくれ。朝は9時から開けてるよ。ただ僕も教師だし、講義を受け持っている身だから居ない時もある。あとは昼食の時間とかだね。覚えておいて欲しい。……僕からの説明は以上だ。大丈夫かな?」
「バッチリですよ、センセ」
「ありがとうございます、スフィン先生」
「いえいえ。早く家が直るといいね。えっと……」
「カルリ・ハーティポットですヨ」
「うん。ハーティポット君だね。……っと、僕も自己紹介を忘れていたね。失礼。……僕はスキュラーズ・スフィンだ。短い間かもしれないけど、宜しく」
 
差し出されたスキュラーズの手をカルリは握り、軽い握手を交わす。
別れの挨拶を済ませ、管理人室の中に戻っていったスキュラーズと、閉まるドアを見送って、カルリは悪戯っぽく笑って見せた。
 
「わりとあっさりでしたネ。ちょっと拍子抜けしました」
「必要な嘘……です。ごめんなさい、スフィン先生」
「サテ、助手が来るのを部屋で待つとしましょうミーティアサマ」
 
ミーティアの手を取り、カルリはミーティアの自室へ戻ろうと歩みを進めようとした。
しかし、カルリの予想に反してミーティアはそれに抵抗し、何故かその場に立ち止まり、考え込んでいる。
 
「……ミーティアサマ?」
「カルリ。まだ貴女はすることがあります」
「ヘ?」
「貴女のお姉さんにきちんと連絡して下さい。すっかり忘れていましたけど、何も言わずに私の部屋に泊まっていたらきっと心配されるでしょう?」
 
自分の姉のことを出され、カルリは思わず視線を泳がせた。
 
「あー……。オネーチャン、デスか……」
「さぁ、行って下さい。すっかり遅くなってしまいましたし、少しでも早いほうが良いです」
「……じゃ、じゃあ行ってきます……」
 
渋々と言った様子でカルリは学生寮を出て、翼を大きく広げて空を飛んで行く。
それを見送った後にミーティアは、静寂が支配するホールの中を行き、部屋に戻っていくのだった。
 
【5】
「うぇ~……。思わぬ障害がまたしても……。授業は寝るからいいんだケド……」
 
翼をはためかせ、カルリは町外れの方向に向かい飛び続けていた。
眼下には沢山の建物に、窓からもれ出る無数の光。
動き回る点はリグナスの街を行き交う人々。
カルリにとっては見慣れた夜のリグナスだった。
 
「あ~……。でも言っておかないとどこでボロがでるかわかんないデスし……」
 
のろのろ、ふらふらと飛行するカルリ。
本気を出せばもっと鋭く、早く飛べるのだが彼女はそうしなかった。
何故なら自宅となっている姉の家に、彼女は寄りたくないと思っていたからだ。
 
「う~……。喧嘩別れした相手に会いに行くのは気分が落ち込むですヨ……」
 
今日の朝、カルリは姉と大喧嘩をしていた。
自らの事について姉と口論となり、そのまま家を飛び出してきていたのだ。
いまひょっこりと顔を出せば一体どんなことになるのか、まるで予想ができない。
何度も考えては見るものの自分にとって不愉快な事しか思い浮かばず、どんどん憂鬱な気分になっていく。
しかしどれだけ遅く飛んでいようが、いずれ目的地は見えてくる。
 
「……はぁ」
 
小高い丘に立てられた一軒家の窓の光を目にして、カルリは盛大にため息をついたのだった。
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