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最初の事件・・・名?探偵カルリ誕生!(中編・1)
 【1】
「お、おい、見ろよ……」

「……え、ハーティポット? 何で?」
「どうしたんだアイツ……」
「ハーティポットさんが魔術講義以外で居るなんて珍しいわね……」
「どうしたんだろう? 勉強わかんないところが出てきた、とか……?」
「いや、それは万が一にもありえない……」
 
魔術学科第9学年4組の教室は、カルリの出現にざわついていた。
それも仕方のない話で、彼女がかれこれ数ヶ月に渡って出てこなかった講義に出席しているのだ。
周りは何かあったのかと、ついつい彼女について話してしまう。
カルリはそんな周りの声を無視して、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
ミーティアの部屋で見たときのような、不思議な感動は無い。
だがそれは、ミーティアの部屋で見たからこそ感じることができ、故にあの部屋以外で見る景色に価値は無いとさえ今は思っているため、特にどうということはない。
カルリは待っていた。
ある一人の友人を。
 
「みんなーおっはよー。……あれ?」
 
元気良く片手を振りながら教室に入ってきたのは、昨日学生ホールでカルリにノートを見せていたリスの尻尾を持つ少女だった。
ざわつく奇妙な雰囲気の教室に違和感を覚え、そしてそれが何故そうなっているかを瞬時に理解し、その原因である人物の席、つまりはカルリの元へ駆け寄る。
 
「カルリー! 珍しい! どしたの!? うわぁ今日雪降るかも!?」
「珍しいだけでアタシにそんな特技は無いですヨ、ピリナ」
「いやほら、言うじゃない? 長年続けてきた同じ行動を突然崩すと世界のバランスが崩れて……とか!」
 
リスの少女、ピリナは好奇心に満ち溢れた表情で、グレーの瞳を輝かせている。
顔つきはまだ子供っぽく、知らない人間が彼女を見れば二つか三つ歳を下げて考えることだろう。
前髪は眉の上で切り揃え、後ろ髪は三つ編みにしているブラウンの髪。
身に着けているベージュ色のローブは、少々しわが目立っていた。
カルリが待っていた人物、
それは、このピリナだった。
好奇心に満ち溢れたピリナの顔を眺め、カルリは飽きれた様に笑う。
 
「まーた変な本読み散らかしてますネ。……ま、いいや。アタシの知る限りアカデミー1の情報通サンにちょっと聞きたいことがあるんですヨ」
「お、何々? カルリがあたしを頼るなんてやっぱり珍しい! こりゃもう吹雪くね!」
「ナイナイ。……耳を貸してくださいネ」
「うんうん」
 
体を曲げて耳を寄せるピリナに、彼女の耳元に口を近づけて内緒話を始めるカルリ。
周りでは何人かが自分達を見やっているが、意に介さない。 
 
「……スキュラーズ・スフィン先生は知ってますよネ」
「勿論知ってる。二年前にここに来た先生でしょ?」
「評判どうなんデス? あのセンセ」
「評判? そりゃもう、どこから見ても立派な先生。人当たりはいいし、講義はわかりやすいし丁寧だし若いし……。ちょっとおっちょこちょいだけどそこもまた魅力の一つみたいだし、ほらあの先生童顔で可愛いでしょ? 女の子にはあの先生狙ってるのも一杯いるのよ」
「へぇ……。どこも悪い噂なんて立ってないんデス?」
「全然。だってあの先生講義まともに聞かずに自業自得で試験に落ちてる奴にも何度もチャンス与えたり、勉強わからない人のために自分の休み潰してまで特別講義やったりとかで……。そりゃもう至れり尽くせり。元々ここのアカデミーの卒業生でね、生徒の話題にもしっかりついていったり、ユーモアもある先生で……」
「フム。……ピリナの情報ですから確かと考えてよさそうですネ」
「何々? スフィン先生がどうかしたの? 何か特ダネの匂いがするよ~?」
「内緒デス」
「えー。ケチー」
「教えられないんですヨ、これは」
 
口を閉ざしそっぽを向くカルリを見て、ピリナは不敵な笑みを浮かべた。
 
「ふっふーん。……実は奇妙な噂が一個、悪い噂が一個があるんだけどなぁ~?」
 
カルリはもう一度ピリナに顔を向けた。
その表情は驚きの色が僅かに現れている。
 
「……何デス?」
「おぉっとタダじゃあ教えられないよ? ……カルリが何でスフィン先生のことを探ってるのか、それを教えてくれたらあたしも話しちゃう」
 
顔をしかめるカルリ。
ピリナはどう出るかを楽しみにしているようで、カルリとは対照的ともいえる笑みを浮かべている。
暫くの時間が経過した後、カルリは視線を泳がせ、頬杖をついてこれ見よがしにため息をついた。
 
「……わかりましたヨ。でも今は話せませんネ。……昼から空いてますよネ?」
「うん」
「じゃ、付き合ってくださいナ。そのとき話しますヨ」
「ほっほーぅ。何か重大な秘密……カルリ自身の問題のようで実はそうじゃない……何か。みたいだね~?」
「……相変わらず勘が鋭いですネ。じゃ、そういうコトで宜しくですヨ」
「はいは~い。じゃ、またあとで~」 
 
講師である蜥蜴の頭を持つ人物が教室に入ってきたのを横目で見ながら、カルリは早速机の上に突っ伏してしまった。
慣れない早起きで、先ほどまでは覚めていた眠気がまた舞い戻ってきたらしい。
見慣れない、居ないのが普通だった生徒が席についているのを見て講師は一瞬戸惑ったような表情を見せるが、咳払いを一つして、何事も無かったかのように講義を始めていくのだった。
 
【2】
その後昼休みの時間までぐっすり眠ったカルリは、ピリナとともに学生ホールを訪れていた。
既にそこは大勢の生徒でごったがえしている。
注文をする人間達の列に並び、待つこと十数分。
頼んだ料理の載ったトレイを手に、カルリは爪先立ちになり辺りを見回した。
 
「えーっと……ア、いたいた」
 
ホールの一番奥、カルリが何時も陣取っていたテーブルにラティベルとミーティアの姿があるのを確認する。
 
「ホラ、こっちですヨ」
「あ、ちょっとまってよ~。フォークフォーク……」
 
フォークを一本、トレイの中に投げ入れてから、ピリナは慌ててカルリの後を追う。
一瞬トレイの中の昼食であるカルボナーラを見て、涎を湧かすのも忘れない。
そして、カルリが向かっている席に着いている人物を見て、目を輝かせた。
 
「お待たせしましたミーティアサマ」
「いえ。私達もさっき来たばかりです」
「早く食べよう? おなかぺこぺこだよー」
 
はじめはカルリを見ていた二人だが、傍にピリナが寄ってきたことでそちらに視線を向け、そして不思議そうな表情を浮かべた。
 
「……?」
「ア、この子はアタシの友人デス。多分お役に立つんじゃないかと思ったので連れて来たんですヨ」
「そうでしたか。どうぞ遠慮なさらず」
 
ミーティアに促されピリナは席に着く。
ピリナの表情には喜びの色が濃く現れていた。
 
「わぁ……お会いできて光栄ですミーティア先輩!」
「こちらこそ。……光栄、ですか?」
「そりゃあもう! アカデミー1の有名人って言っても過言じゃないですから! えーっとミーティア=スターレンテ、20歳。神聖術学科最終学年所属、出席番号27番。授業態度優、学年内成績は1位。生徒会所属で役職は書記長。好きなものは紅茶と甘いお菓子。特にティラミスを好む。スリーサイズは――」
「ストップ。……何余計なこと言ってんデスかアンタ」
「え? あぁ、ごめんごめん~」
 
カルリに軽く頭を小突かれ、ばつが悪そうに頭をかいてみせるピリナ。
ミーティアは控えめに笑って見せた。
 
「よくご存知なんですね」
「すごいすごい! ねぇねぇボクは!?」
「ん? あなたはね~、ラティベル=スターレンテ、13歳。神聖術学科第6学年所属、出席番号32番。授業態度優、学年内成績は20位。好きなものは美味しいものなら何でも、でも強いて言うならフライドチキン。ごく稀に現れるレア種『ボクっ娘』で――」
 
はしゃぐラティベルに、彼女の望み通りすらすらと情報を話し始めるピリナ。
ラティベルは何度も頷き、嬉しそうに笑って見せた。
 
「ボクっ娘ってよくわかんないけど後は全部合ってる!」
「……と、まぁその……。アカデミー内の事に関しては知らないことが無いってぐらい詳しいんですヨ、この子」
「っと~、自己紹介が遅れました! ピリナ・ライリークです!」
「よろしくお願いします」
「よろしくね! ピリナおねえちゃん!」
「実はピリナから情報を引き出そうと思ったんですケド……」
「まずあたしにちゃんと話してもらわないと~。悪い噂をそうぽんぽん人に話すわけには行かないからね。というわけで、ミーティア先輩から直にお話を伺ってそれから決めようと参上した次第です!」
「カルリ……」
 
ミーティアに見つめられ、慌ててカルリは首を横に振って否定するような仕草を見せる。
 
「い、イエイエカルリはまだ喋ってませんヨ!? まだここに連れてきただけ――」
 
そんな二人の様子を見ながら、ピリナは得意げな笑みを浮かべて話し始めた。
 
「やだな~。連れられた先に居たのはラティベルちゃんとミーティア先輩でしょ?
カルリだったら後輩にあたるラティベルちゃんに関する悩みだったらわざわざここに連れてきてから話すはずが無いし、そもそもラティベルちゃんは悩むような子じゃない!
以上のことから導き出された答えは、カルリが情報を欲しがっているのはミーティア先輩のためであり、きっと追い求める何かはミーティア先輩に関することだ! ……って推理しただけだよ?」
「……と、いうわけなので、カルリは話してませんヨ……?」
「……。ごめんなさい、カルリ」
「い、イエイエ! 誤解が解けたようでなによりデス……。……ったくもう勝手に話を進めるんじゃないですヨ……!」
「あ~、ごめんごめん……やっちゃった」
「それで、私が事情を説明しないと情報は得られないのですね?」
 
カルリにわき腹を小突かれ、ぺろりと舌を出して可愛らしく笑って見せていたピリナは、ミーティアの問いを聞くと急に真面目な顔になった。
のんびりと、どこか掴み所の無い印象を与えていた彼女だが、どうやら今の姿が『素』らしい。
 
「うん。そう考えてもらって結構です。あたしが必要だと思ったら悪い噂とかもその人に提供します。でも悪戯にそういう話を広めるのは嫌なんです」
「その通りですね。貴女の考えが正しいと、私も思います。……ただ、ごめんなさい。ここではちょっと、話したくないんです。人が大勢居ますから……」
「なかなか複雑な事情みたいだね、カルリ?」
「アタシからもお願いしますヨ。……お昼ご飯食べ終わったらちょっとミーティアサマの部屋まで来てくれません?」
「うん。いいよ」 
「すみません、ありがとうございます。……お買い物はピリナさんに事情を説明してからにしましょう」
「……じゃ、今はお昼ご飯食べるだけ? だよね?」
 
三人を見回していたラティベルは、自分の目の前に用意されたミートスパゲティに視線を移し変えて質問する。
 
「えぇ、そうなりますね」
 
頷いて返すミーティアに、もう待ちきれないとばかりにラティベルはフォークを手にした。
 
「じゃ、食べよ! もうボクおなかぺこぺこだよ!」
「ですネ。ここのは大抵冷めかけの食事しかだしませんケド、完全に冷め切る前に食べちゃいましょう」
「スパゲティとか酷いもんね、冷め切ると」
「では、頂きます」
「いただきます!」
「イタダキマス、っと」
「いただきま――」
「あ、いたいた! 書記長!」
 
食事に手をつけようとしたその時、掛けられる声。
見れば、一人の青年がこちらに向かってきていた。
灰色の短い髪、茶色い瞳に、背中に茶色い鳥の翼を持った青年。
口を真一文字に結び、近づいてくる様子は、どこか緊張しているような印象を持たせる。
そして、その青年はミーティアの前で止まった。
 
「シグロさん。どうかしました?」
「あ、はい。会長が書記長に用事があるそうです。お昼が済んだら生徒会室に来て欲しいと伝言を頼まれました」
 
シグロと呼ばれた青年の言葉に、ミーティアは首をかしげた。
 
「会長が……? 何か緊急の用事なのでしょうか?」
「さぁ、そこまでは……。とにかく、伝えましたよ。それじゃ! お食事中失礼しました!」
 
シグロは素早い動作でミーティアに一礼してみせると、足早にその場を去っていった。
後姿を暫く見送っていたミーティアが、申し訳無さそうな表情をして言った。
 
「何だか用事が入ったみたいですね……。ごめんなさい、多分すぐに終わる用事だと思うので……、食事が終わったら先に私の部屋に戻っていてくれますか?」
「了解デス。慌てなくていいですからネ、ミーティアサマ?」
「えぇ、ありがとうございます。鍵はカルリに渡しておきますね」
「ア、ハーイ」
 
ミーティアが右の胸ポケットから取り出し差し出した鍵を、カルリはしっかりと受け取り懐に仕舞い込む。
それから四人は他愛無い話で盛り上がりつつ、楽しい昼食の時間を過ごし始めたのだった。
 
【3】
人通りの少ないアカデミーの廊下をミーティアは歩いていた。
時たますれ違う生徒や講師と挨拶を交わしつつ、目的の場所へ向かい只管に歩く。
廊下の突き当たりの扉の前でミーティアは立ち止まり、二度ノックをしてからその扉を開いた。
 
「やぁ、来てくれたね書記長」
「シグロさんから伝言を頂きました。どうされました?」
 
中に居たのは二人。
頬杖をついてつまらなそうにしていた青年に、部屋に幾つか設置された本棚の中身を整理している少年だった。
青年のほうがミーティアを呼びつけた、生徒会の会長であるニューク・サグであった。
彼はミーティアと同じく神聖術学科の最終学年生であり、二番目の成績保持者でもある。
ブロンドの整えた髪の毛に、赤い瞳、整った顔立ちの青年。
頭の上に飛び出た黒い狼の耳と、ローブの裾から僅かに見える、毛先がばらばらで尖った尻尾を除けばミーティアのような姿と殆ど変わらない。
 
「あぁ。どこを探しても学園祭についての書類を綴じたファイルが見つからなくてね」
「学園祭のファイル、ですか?」
 
扉を閉め、ミーティアは本棚に向かって歩みを進める。
本を整理している――恐らくそのついでにニュークが探しているファイルを探しているのだろうが――少年の邪魔をしないよう注意して移動しつつ、暫く本棚を眺める。
 
「……何時もの場所にありませんね」
「誰かが使って元の場所に戻さなかったのか、持ち出したのか……よくわからないんだが」
 
殆ど使われない書類ばかりが納められた最上段や最下段の場所も調べるミーティア。
 
「……あ、ありましたよ」
「え、あった?」
 
そして、少年が整理と探索をしている本棚の最上段にあった――正確には本棚の上に無造作に置かれていた――ファイルを手に取り、ニュークに見せた。
少年が幾ら探しても出てこない、見つからないわけである。
彼では身長が足らなくて、その存在を僅かでさえ見ることは叶わなかっただろう。
 
「誰かが本棚の上に置きっぱなしにしたようですね」
 
受け取ったファイルを開き、無造作にめくりながらニュークは言った。
 
「やれやれ。誰だ全く? ……ありがとう、助かったよ。すまないね、こんなことで呼び出して」
「いえ。お役に立てたようで良かったです。……それでは、失礼しますね」
「あ、待ってくれ」
「……? まだ何か?」
「各クラスの企画がまだ全部出てないが……出揃ったらどの先生に見せればいいんだったかな、これ」
 
ミーティアはニュークの横から覗き込むような形でファイルを見る。
いくらか空欄が目立つそれを見つつ、ミーティアは答える。
 
「魔術学科のガナリー先生ですよ。……。後3つだけですし、大丈夫ですよ。今週中には揃うのではないでしょうか?」
「あ、あぁ。言われてみれば確かに。……ありがとう、助かったよ」
「いえ。……それでは失礼します」
 
ニュークにファイルをしっかり手渡し、そして優雅に一礼して見せてから、ミーティアは生徒会室を後にした。
再び長い廊下をゆっくりと歩いていく。
その時、後ろから扉が開く音がして、誰かが駆けてくるのにミーティアは気づいた。
ゆっくりと後ろを振り返る。
 
「……キロ君?」
「あ、あの、しょきちょう……」
 
そこにいたのは、先ほど生徒会室の中で本棚の整理をしていた少年だった。
名はティクリコティク・キロという。
毎週光の日だけに現れる真っ青な月と同じ名前を持つ少年で、書記長であるミーティアの補佐という役職についている。
よく働き、気が利く賢い少年で、また外見も可愛らしいため、生徒会のマスコットのような存在だった。
身体つきは人間のそれに近いものがあるが、猫の耳や尻尾、そして何よりその顔が白と灰色の毛に覆われており、猫族の血を色濃く引いているハーフキャットであることがすぐにわかる。
低い身長、あどけない顔、高い声、そのどれもが、まだ非常に幼い年齢であることを窺わせる。
それもそのはず、彼はまだ第2学年の生徒だった。
 
「どうしたんですかキロ君、そんなに慌てて」
「え、えっとその……」
「……?」
 
美しいオッドアイの瞳を忙しなく動かし、やはり白と灰色の毛が覆っている腕を同じように動かしており、ティクリコティクは落ち着きが無い。
ミーティアは両の膝を床につけて、ティクリコティクと視線を合わせ話し始める。
 
「大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくり話してみてください。……ね?」
「う、うん。あ、あのねしょきちょう。……かいちょう、しょきちょうを何だかこわい目で見てるんだ」
「……会長が、ですか? ……勘違いではないでしょうか? たまたまそう見えたとか――」
 
ミーティアの言葉を遮るようにティクリコティクは首を強く振り、否定する。
 
「ちがうよ……! だっていつもだもん……。かいちょう、しょきちょうをこわい……いや……ちょっとちがうけど。……な、なんだかへんなんだよ! ぼく、なんだか気になって――」
「……キロ君。私を心配してくれているのはとても嬉しいです。でも、そんなことは言ってはいけませんよ」
「でも、でも」
 
言葉を遮られたティクリコティクの表情は、ミーティアのことが心配でたまらない、そう物語っていた。
ミーティアは、ティクリコティクの頭を優しく撫でながら言った。
 
「大丈夫ですよ。……心配してくれて、ありがとうございます。今日はもう講義がありませんから、キロ君もそろそろお家に帰ってはどうでしょう? きっと、お母さんがお家でキロ君が帰って来るのを待ってますよ」
 
撫でられたことでティクリコティクは少し頬を赤く染め、目を見開いた。
同時に、これ以上しつこくミーティアに言ったとしても、きっと悲しませるだけだということにも気づいたようで、悲しそうな表情を見せた。
ティクリコティクは俯き答える。
 
「……うん」
 
ミーティアもミーティアで、幼い彼に少し言い過ぎたかもしれない、と心の中で後悔している。
何度も頭を撫でてその贖罪として、精一杯の優しい声で彼に語りかけた。
 
「さ、帰る準備をしに行ってください」
「うん……、あ、あのしょきちょう」
「はい?」
「気をつけてね……」
「……えぇ。ありがとうございます。それじゃあ、キロ君。気をつけて帰って下さいね」
 
微笑むミーティアにぺこりとお辞儀をして、また駆け出して戻っていくティクリコティク。
ミーティアはゆっくりと立ち上がり、ティクリコティクの後姿を見送る。
 
――しょきちょうをこわい……いや……ちょっとちがうけど。……な、なんだかへんなんだよ!
 
ティクリコティクの言っている事にミーティアは心当たりがあった。
自分を見る彼の目は、言うなれば蛇のように纏わりつくような物であったのだ。
始めは気のせいだと思っていたが、次第にそうではないことに気づいていた。
獲物を前に舌なめずりする蛇。
まさにそんな印象を抱かせる冷たい、不気味な視線。
先ほどの生徒会室でのやり取りでもやはり、その視線が自らを射抜いていたことをミーティアは自覚している。
 
「……気のせい、ですよね」
 
頭を振るミーティア。
どこか心の中にわだかまりを残しつつも無理矢理に疑問を振り切り、カルリ達の待つ場所へ向かうのだった。 
 
【4】
「わぁ、ありがとうございます~。そんなに気を使っていただかなくても結構なのに……」
「大事なお客様ですから。……寧ろ、これぐらいの用意しかできなくてすみません」
「いえいえ~。……んー、いい匂い! カルリやラティベルちゃんはこんな素敵なお茶会を何度も楽しんでたんだね? あたしももっと早くお近づきになればよかった~」
 
自分の部屋に戻ってきたミーティアは、暇をもてあました三人のために温かな紅茶を淹れていた。
三つ用意された椅子にはそれぞれミーティア、ラティベル、ピリナが座っている。
カルリはといえば、カップ&ソーサーを手にラティベルの後ろで紅茶を味わっていた。
最年少のラティベルに気を利かせたのもあるし、手帳を書くには座らせておいたほうがやりやすいだろうという考えからだ。
 
「それでは、ご馳走になります!」
 
ピリナは紅茶に口をつけながら、カルリとミーティアを見やる。
あくまで言葉には出さず、用件を促す仕草。
ミーティアは紅茶を一口味わってから、話し始めた。
 
「簡単に事情を説明するなら……今週の水の日の夜に泥棒が入ったんです」
「泥棒?」
「えぇ。でも、お金などには一切手をつけていなくて、盗まれたのが……下着だったんです」
「下着、か」
「私は毎週決まった日に父と食事をします。水の日がその食事の日だったのですが、その間部屋を開けている間に誰かが……。しかもおかしなことに――」
 
「何処にもこじ開けられた後がなく、自分が鍵を閉め忘れたわけでもない。でも泥棒に入られて、しかも帰ったときにはちゃんと鍵が閉まってた。……ですよね?」
 
遮り、ミーティアの言葉の後を続けたピリナ。
 
「え……?」
「……アンタ何か知ってんデスか?」
 
三人は驚いた様子でピリナを見るが、当の本人は涼しい顔をして話を続けていく。
 
「もう一個付け加えるなら盗まれた下着は着用済み……それも一枚だけ。ミーティア先輩が盗まれたのもそうだと思うんですけど違います?」
 
ミーティアの頬にさっと赤みが差した。
暫くの沈黙の後、ミーティアは小さく頷き、答える。
 
「……その通りです。洗濯籠に入れておいた物が無くなっていました」
「やっぱり」
「ただ、二つ訂正をすると盗まれた枚数と、鍵の事は違います。……一枚だけではなくて下着は全て……帰ってきたときには掛けた筈の鍵が開いていたんです」
「え!? それほんとですか!?」
「ちょっと待ちなさいナ。とりあえず何か知ってるなら話してくださいヨ、ピリナ」
「ん、そうだね……」
 
ピリナは自分の右手の指を三本立てて見せた。
 
「……実はね、似たような内容の盗難事件が去年の11月から今までで3件発生してるの」
「にしちゃあ特に騒ぎになっちゃないですヨ?」
「そりゃそうだよ。だって、下着盗まれたーなんて誰が言えるの? みんな泣き寝入りだよ。親しい人に愚痴るぐらいで」
「……確かに、そうですネ」
 
大げさにしては恥ずかしいだけ、そんな気持ちが根元にあるのだろう。
事実ミーティアも事件のことが人にばれるのを嫌がっている。
それを思い、カルリは頷いた。
 
「ところで、何でさっき鍵のことで驚いたんデス?」
「うん。その三件の盗難事件ってね、ミーティア先輩みたいなケースじゃなくて扉は『鍵が掛かってる状態』だったの、全部。んで、盗まれた下着も全部じゃなくて、一枚だけなのよね。勿論別の場所から進入されたわけでもなくて、鍵を開けて下着を一枚だけ盗んでまたご丁寧に犯人が鍵を掛けなおしている、みたい」
「なんですかソレ……」
「カムフラージュじゃないのかなー盗まれたのに気づかれないように。まぁ、気づかれてるんだけど。女の子は男の子と違ってそーいうのに敏感ですから」
 
紅茶で喉を湿らせてから、ピリナは軽く頷いた。
 
「今回はなんか変だなぁ……? ……まぁいいや、とりあえず話を聞いて事情もわかったよ。……でもなんでスフィン先生のことがそれと関係するの?」
「それはですネ」
 
カルリは飲み終わった紅茶のカップ&ソーサーをテーブルにおいて、あたりをゆっくりと歩き始めた。
 
「……どこもこじ開けることもなく部屋に侵入したってことは犯人が部屋の鍵を使ったってコトになりますよネ」
「そうね。被害者の鍵の掛け忘れってことでもなさそうだし。何せミーティア先輩ですもの」
「………………」
 
“自分だから”という理由だけであっさり根拠になっている、そんな状態にミーティアは苦笑いするほか無い。
 
「ピッキングの線も薄い。実は此処のアカデミーの扉、おんぼろに見えて鍵だけ最新式なのよね。ピッキング対策済みは勿論魔術でも開かないヤツ」
「へぇ、魔術は知ってたけど物理的にも対策済みデスか。じゃあアタシも諦めるしかないですネ」
「……何を諦めるか知らないけど、とりあえず聞かなかった事にしてあげる。ま、そんな状況からすると」
「管理人室にはこの寮の全部屋の鍵があるということをミーティアサマから伺ってます。……そしてこの寮の管理人はスフィンセンセーデス」
「……それだけ?」
「今のところは。鍵の入手手段が他に思いつかないんですよネ。合鍵を手に入れたわけでもない……。
そもそも、合鍵という手段だとミーティアサマの事件の辻褄が合わないんですヨ。……この部屋の鍵は管理人室に保管されているものと今私が持っているこの鍵だけデス。……あ、ミーティアサマ、お返ししておきますネ」
「あ、はい」
「さっきのピリナの話を聞く限り、部屋の鍵を犯人が持ってないと可笑しい事件みたいですしネ。怪しむのには十分過ぎません?」
 
ミーティアから預かった鍵を取り出しピリナに見せるカルリ。
そしてその鍵をミーティアに丁寧に手渡す。
その様子を見ながら何か考え込んでいた様子のピリナだが、暫くして頷いて見せた。
そして部屋の中をぶらぶらと歩き回るカルリに顔を向けて言う。
 
「んー、そりゃそうだけど……他の被害者にも一応聞いて見るといいよ。何か手がかりがあるのかもしれない、あたしも知らないような何かが。……まだ管理人室の鍵だけに絞るのは早いと思うな。みんなこの寮に住んでるから情報集めは楽だよ。よかったら紹介しよっか?」
 
カルリはぴたりと歩みを止め、ピリナに怪訝な表情を向けた。
 
「……みんな? ココにデス?」
「うん。被害者は全員13号館の人。……これもスフィン先生が怪しい証拠になりそう?」
「とてもなりますネ」
 
カルリとピリナの会話を聞きながら、ラティベルとミーティアは沈んだ表情で居る。
それに気づいたカルリも、気の毒そうな表情をしながら二人に話しかけた。
 
「ミーティアサマに、助手。……まだ決めては無いデス。でも――」
 
人の良さそうなあの管理人を信じたい気持ちもわかるが、現状では最も怪しい人物であることに違いは無かった。
だから絶対に二人には言っておかなければならないと、カルリは一度言葉を区切ってから、意を決したように口を開く。
 
「覚悟はしておいてくださいネ」
「……わかっています」
「……うん」
 
二人は口ではそういうものの、心の中では認めたくないという思いが渦巻いているということに、カルリはすぐに気づいた。
 
――ミーティアサマのため……だから、カルリは今心を悪魔のようにしなきゃダメなんデス……!
 
心が痛むが、大好きな人のため。
そう自分に言い聞かせて、カルリはピリナの方へ向き直る。
 
「……さてピリナ。話してもらえますかネ、スフィンセンセーの噂」
「……そうだね。事情もわかったし、話す必要がありそう。じゃ、まず悪い噂から始めるよ。時期的にこっちのほうが昔の話になるんだ」
 
紅茶を一口分喉の奥に流し込み、それからピリナはゆっくりと語りだす。
 
「……実はね、さっきカルリが話してた管理人室にある鍵、一回無くなった事があるんだよ」
「ヘェ?」
「……確か、今から7ヶ月ほど前だったかな。去年の10月。なんでもスフィン先生が管理人室で居眠りしてたらしくて、目覚めたときには管理人室の中にあった鍵束が無くなってたんだって」
「それで、どうなったんデス?」
「一ヵ月ぐらい後に、この寮の前の花壇で見つかったらしいよ。一個も鍵は欠けてなくて、めでたしめでたし、かな。
……まぁ、この件でスフィン先生かなり怒られたらしいけどね、学長に。ここの寮生は管理人室の鍵がなくなってる間、自分の持ってる鍵を紛失したらアウト、って状況が一月続くことになったんだもん」
 
ピリナの話を聞いて何か考え込んでいた様子のミーティアが、小さく声を上げた。
 
「そういえば……鍵の管理の徹底をスフィン先生が呼びかけていた時期が丁度そのぐらいの頃だったような……」
「あ……そういえばそうだ!? 鍵を無くさないように気をつけてください、ってスフィン先生、何度も言ってた! 張り紙まで張ってたよ! 去年の10月! 間違いない!」
「管理人室の鍵がなくなってるんだから呼びかけにも熱が入りますよネ。……で、ピリナ。それが悪い噂デスか?」
「うん。スフィン先生の失敗ってこのぐらいだよ?」
 
がっくりと肩を落とすカルリ。
 
「もっとこう、変な趣味があるとかそういうのじゃないんですネ……」
「ご期待に副えずにごめんね~」
 
密かに胸をなでおろしているミーティアとラティベルの姿を視界の端に納めながら、ピリナは笑って見せた。
 
「まぁ……それも一応記憶に留めて置きますかネ。居眠りしてる間に無くなったって事は誰か盗ったんだし、新しい可能性がこれでまた一個増えたわけデス」
「盗んだ奴がそれを使って合鍵作成……ってところかな?」
「そういうコト」
「……じゃ、次は奇妙な噂。実はこれ、取れたてなんだ」
「……管理人室でなんか生き物飼ってるとかそういう類じゃないかとカルリは睨んでますケド」
「ブー。そんなんじゃないよ。スフィン先生に勉強を教えてもらいに行った女の子が居たのね」
「ハァ」
 
カルリは壁に寄りかかり、すっかり脱力している様子だった。
ピリナは構わず話を続けていく。
 
「で、その子うっかりさんでペンを忘れちゃってね、借りようとしてスフィン先生がいつも使ってる机の引き出しを開けようとしたの」
「……フム」
「そしたらスフィン先生大慌てで飛んできて、引き出しの中身を女の子には見せなかったんだって。……何か引き出しに隠してるんじゃないかって噂だよ」
 
いつの間にかカルリは何か考え込んでいる。
先ほどまで脱力していたのが嘘のようなその姿を見て、ピリナはきょとんとした表情を向ける。
 
「ピリナ……なんかこっちのほうが有力情報っぽいですヨ」
「……あー。言われてみれば。……とりあえず情報の提供はこれでお終い。調査はカルリに任せるね。あたしそういう柄じゃないんだもん」
「十分ですヨ。……が、乗りかかった舟デス」
「ん?」
「色々と手伝ってもらいますヨ、アタシの調査を」
「え~」
 
露骨に嫌そうな顔をしてみせるピリナ。
かと思えばそれは一瞬にして悪戯っぽい笑みへと変わった。
 
「……なんてね。あたしもこの事件は気になってたんだ。女の子の敵じゃない? 逃がすわけには行かないな~って思ってた」
「それでこそアタシの友人ですヨ! ……というわけで、秘書が増えましたミーティアサマ、助手」
「誰が秘書か。……まっ、アドバイザーってとこかな!」
「色んなことに詳しいピリナさんが手伝ってくれるなら、とても心強いですね……」
「仲間は多いほうがいいよ! よろしくね、ピリナおねえちゃん!」
「えへへ~。よろしくね!」
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